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婚約破棄されたら私は・前編

相変わらずぼんやりとした異世界ものです

前後編の二話完結です

よろしければお付き合いください


 私は日本人。 ある日突然、知らない世界に召喚されてしまった。


目の前にいる二十代後半の金髪赤眼のイケメンは、私のこの世界での保護者というか、婚約者だ。


「申し訳ないが、貴女との婚約はなかったことにする」


「え」


西洋風の大きな邸宅は大貴族である彼の住む館。


この家に家族同然の扱いで居候している私は、話があると呼ばれ、当主である彼の部屋に来ていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 三年前、十七歳で突然、知らない場所に来た私は恐怖でパニックになっていた。


どこかの地下にあった魔方陣の部屋から、大きな城の煌びやかな部屋に連れて来られる。


周りにいた高級そうな服の大人たちは全て知らない顔。


そして召喚だの、聖女だの、訳の分からないことばかり言ってくる。


 私に対して一歩前に出た白い服のお爺さんが何かを呟いた。


すると私の身体の中を何かが駆け抜けて、お爺さんの目の前に白い板の様な物が出現。


お爺さんは王冠を被った男性に向け、残念そうに顔を横に振る。


その途端、部屋の中に居た全員が肩を落とし、ため息を吐いた。


どうやら私は役立たずだと判明したようだった。




 誰かが私を捕まえるために兵士を呼ぶ。


私は部屋の中を逃げ回って精一杯抵抗した。


「いやーっ、近寄らないで!。 元の場所に返してよ!」


泣き叫ぶ私に困った大人たちは、その場に居た一番若い青年を呼び付けて私のことを一任した。


頷いた青年が兵士たちを退室させ、静かに私の側に来ると、


「大丈夫ですよ、お嬢さん。 私が必ず貴女を助けます」


と言って微笑み、手を差し出した。


「信じてください」


逃げ惑い泣き疲れた私は、その手を取ってしまう。


後に、その青年が私の婚約者となったのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「婚約を?。 な、何故ですか」


「それは」


私の質問に彼はいつもの優しげな瞳を逸らした。


「旦那様、失礼いたします。 お客様がいらしておりますが」


使用人が入って来たのと入れ違いに私は部屋から飛び出す。


呼び止めようとする声が聞こえてくるけど、もう聞きたくなかった。


婚約破棄。


やはり、そういうことなのね。




 彼が最近、仕事以外で頻繁に外出するのは知っていた。


誰か恋人が出来たのではないか、と使用人たちの間でも噂になっていた。


「分かっていたのに」


この世界では身寄りの無い私を守るため、彼は仕方なく婚約者という立場になったのだから。


役立たずの私は色々な人から嫌味を言われたけれど、彼がずっと傍にいてくれたから耐えられた。

 

だけどもう。




 庭の隅、低木の垣根に囲まれた東屋。


その中に隠れるようにしゃがみ込む。


私の名前を呼びながら、いくつも気配が通り過ぎて行った。


 しかし、一つの足音が止まる。


「おや、こんな所に可愛らしい花が」


「あっ」


騎士団の制服を着た茶髪の男性が私を見つけて微笑む。


「何してるの?、こんな所で」


婚約者の友人のひとりで、この館によくやって来る騎士さまだ。


見た目はチャラいが努力の人。


若いのに騎士団でも指導する立場なのだという。


「騎士さま、ご機嫌よう」


小声で挨拶した。


 この人は館に遊びに来る度に、私にお土産を持って来てくれたり、声を掛けてくれたりする。


三年の間に結構仲良くなった人だ。


騎士さまは使用人を呼ぶこともなく、私の隣で同じように座り込んだ。


身体が大きいので、きっとはみ出しているに違いない。


私は、お茶目な騎士さまの姿にクスッと笑ってしまった。




 隠れているのが馬鹿らしくなる。


「ここでお茶にしましょうか」


「いいねー」


私が立ち上がると騎士さまも立ち上がって背筋を伸ばし、二人で笑い合った。


 私は使用人に頼んで婚約者にこの東屋にいることを伝えてもらい、ついでにお茶もお願いした。


いつの間にか、私もずいぶんここの生活に慣れてきたなぁ。


日本じゃただの女子高生だった私が、まるで貴族のお姫さまのような毎日を過ごしている。




 使用人たちがお茶やお菓子を並べて下がって行った。


私は騎士さまと向かい合って座り、お茶を飲みながら話をする。


「先ほど婚約破棄を言い渡されました」


「へえ」


騎士さまも私から目を逸らした。


あー、この人も事情を知っているのか。


「ごめんなさい」


俯いて涙を堪える私に騎士さまが首を傾げた。


「え、何が?」


「私がここにいると皆さんにご迷惑が掛かりますよね」


いつまでも元婚約者が同じ館にいたら、新しい恋人さんに悪いもの。


だけど、私には他に行く当てもない。


この世界は町から一歩、外に出るだけで盗賊や魔獣がいるのだ。


私一人ではとても生きていけないだろうな。




「んー、もしかしたら、やっぱり自分がいた元の世界に帰りたいの?」


「いえ……それは諦めています」


私はこの館に来てから家庭教師をつけてもらい、色々と勉強している。


歴史書によると、百年に一度くらいの割合で魔獣の脅威が高まり、その度に異世界からの召喚が行われていた。


日本人に限らず、色々な世界から様々な者が召喚されているが、誰一人として自分の世界に戻った記録はない。


 その上、今回は前の召喚からさほど時間が経っていなかったため、神様が私に能力をお与えにならなかったのだろうといわれている。


つまり、私はハズレだったのだ。


この世界に役立った者たちでさえ帰還出来なかったのに、ハズレの私を返すための努力などされているはずがない。




「でも、本当に帰れるなら……」


私は最初から必要とされていない。


この世界の勉強についていくのも必死なくらい頭が悪くて、日本で何も考えずに生きてきたから、この世界に役立つ知識もない。


婚約者に呆れられても当然だわ。


 ポタリと涙が頬を伝って落ちた。


「う、ううぅ」


顔を両手で覆い、嗚咽を溢すと涙が止まらなくなる。


「まあ、そりゃあ帰りたいよなあ。 まだ若いんだし」


騎士さまがウンウンと頷く。


「だけど、きっとアイツが何とかしてくれるよ。


だから、お嬢さん」


「おい、何してる」


気がつくと、すぐ側に婚約者が珍しく不機嫌そうな顔で立っていた。


「誤解されるようなことはしてないよ、神に誓って」


騎士さまが苦笑し、私もコクコクと頷いた。



 

 婚約者は私の隣に座ると自分のハンカチを取り出し、私の頬をそっと拭く。


懐かしい。


この館に来た最初の頃、彼は泣いてばかりの私の頬をこんな風に何度も何度も拭いてくれた。


お蔭様で最近は泣くこともなくなっていたのに。


使用人が新しくお茶を入れ替えていく。


「彼女の涙はお前のせいだよ」


「私が何をしたというのだ?」


怪訝そうな顔をした友人に騎士さまはため息を吐く。


「彼女に事情を説明せずに婚約の撤回を言い渡しただろうが」


「う、それは、あとでちゃんと話すつもりで」


私はただ二人の傍で俯いている。


「この館を追い出されると勘違いしているぞ」


それが泣いている原因だと騎士さまが婚約者に告げる。


「はっ、そんなことあり得ない」


彼は騎士さまの言葉を鼻で笑った。




 私はその態度にカチンときた。


確かに問題の要因はソコではないけど、騎士さまは私のために心配して言ってくれたのに。


いくら気安い友人でもあんまりだ。


「あの、どういうことなのか、説明していただけませんか。 今、ここで!」


私は婚約者に詰め寄る。


「それはー、ゴホン、ここではちょっと出来ない」


彼は周りに視線を巡らせる。


 私はハッとした。


きっと使用人たちがいる場所では迂闊に話せない内容なのだ。


「その話は夕食後にしよう」


彼の言葉に私は黙ってコクリと頷いた。


「ふふふ、じゃあ、俺は帰るよ。


あ、そうそう。 お嬢さん、贈り物を部屋に届けさせたから受け取っておくれ」


そう言うと騎士さまは帰って行った。




 私は部屋に戻ると騎士さまからの荷物を確認する。


騎士さまは、私がこの世界で過ごすための服や小物なんかを持って来てくれる。


代金は払えないと言うと、


「キミの生活費に関しては召喚した側の責任として国から出ているから心配ない」


と、言われたので遠慮なく頂いている。


 いつもの衣装箱だった。


しかし、その箱を開けてみると中身はいつもと違う。


「え、これ……私の服だ」


何故か私がこの世界に来た時に着ていた学校の制服、靴、鞄など一式が入っていた。


嬉しいやら懐かしいやら、顔が綻ぶ。


「もう戻って来ないと思ってたわ」


鞄は取り上げられ、服や靴は逃げ回っていたときに破けたり脱げたりしたことは覚えている。


この館で着替えさせられた後、どこにあるのか訊ねても教えてもらえなかった。




 しかし、これは汚れもきちんと落とされ、破れたはずの服も仕立て直しされている。


「騎士さまが取り返してくれたのかな」


少しドキドキした。


「あれ? まだ何かある」


箱の底には手紙が入っていた。


 その手紙には、私の服や鞄などを入手した経緯が詳しく書かれている。


そして、どうして今になってこれを私に返してくれたのかも。


『今だから教えるが、今までの贈り物はすべてキミの婚約者からだ。


あいつは、いつかキミが元の世界に帰る時の足枷にならないよう、気を配っている。


分かってやってくれ』


騎士さまはチャライけど友達思いなのね。




「お嬢様、お食事の準備が整いました」


「はい、今行きます」


急いで食堂に向かう。


私は訊ねなければならない。


「お待たせいたしました」


「いや、そんなに待ってはいないよ」


いつものように微笑む婚約者に。




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