エピローグ あの場所には、もう帰れない...
それが史佳です。
「ありがとうございました」
会計を済ませた最後の客が店を出る。
ママの私は若いホステスを連れ、タクシーに乗る客を見送った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、今日はみんな上がって良いわよ」
店に戻り、ホステス達を帰らせる。
もう店内に客は居ない。
時刻は午後11時、閉店の時間まで残り少しだが、今日は終わりにしよう。
東京から新幹線で約二時間、ターミナル駅から程近くにある雑居ビル。
その二階に私達が経営するスナック[銀狐]がある。
3年前、元旦那に会いに行った私。
奴等は同居を申し出る話をろくに聞かず、私は追い出されてしまった。
今思い出しても胸糞だ。
あれほど薄情な人間だったとは知らなかった。
弱っている人間に対し取るべき態度ではない。
復縁なんかこっちから願い下げだ。
特にクソ野郎の再婚した女が気に障った。
あの勝ち誇った目。
政志の子を妊娠しただと?
そんな事、ある筈が無い。
もしそうなら、離婚の時に見せられた診断書は偽物だったというのか?
だったら私が妊娠した子供は亮二の種ではなく旦那の、政志の子供だったんじゃないのか?
早まった。
堕胎する前にDNA鑑定を受けるべきだった。
あの子が旦那の種だったら、離婚は避けられたかもしれなかったのに。
だがいくら考えても詮無い事。
子供はもう堕ろし、離婚した。
いよいよ進退窮まった私は再び実家へ帰るしか無かった。
戻った私を待っていたのは両親を始め、兄妹達からの罵倒だった。
『警察に突き出さないだけ感謝してよね!』
『この盗人!お前が盗んだ時計は爺さんの大切な遺品だったんだぞ』
憎悪に満ちた目、私が何も言い返さないのを良い事に、それでも家族か?
そして父親が最後に言った。
『この金をお前にやる、これで私達とは縁切りだ』
一冊の通帳と書類がテーブルに置かれる。
書類は通帳を受けとった確認、そして私の籍を抜く事に対する同意書。
通帳の中には数百万の金額が記帳されていた。
『生前贈与だ、お前の慰謝料と盗んだ分は相殺したからな』
『分かりました』
そこまで私が憎いのか。
もう反論する気力すら湧かなかった。
母はただ涙を流し、私を見ようともしなかった。
家を出た私は以前勤めていたホステスの知り合いに声を掛け、共同経営で店を始める話を持ち掛けた。
私の誘いに乗ったのが、主に店で会計管理を担当していた香織だった。
『お金を合わせても東京で始めるには不安ね、いっその別の所にしない?
ちょうど田舎に帰ろうと思っていたの、親もいい年だから側にいたいし』
『それで良いわ』
私は香織の話に乗った、もう東京に未練は無かった。
こうして女二人で始めたスナック。
私には雇われだったが、ママの経験がある。
その時だって店は流行っていた。
問題の経営も、香織の金銭管理はしっかりしており、なんとか二年で店は上手く軌道に乗った。
私は四十代、もう若くない。
店の客層をシニアに絞り、価格も低く抑えたのが功を奏した。
若いホステスも数人雇い、店は益々上手く行き出した。
そうなってくると、思い出されるのは家族の事だった。
兄妹はどうでもいいが、両親にだけは近況を知らせたい。
そう思い、私は実家に手紙を書いた。
携帯は拒否され繋がらない、連絡手段はこれしか無かった。
『...なぜ?』
手紙は無情にも送り返されて来た
封筒には宛先不明の捺印がなされてあった。
『なにがあったの?』
意を決した私は実家へ向かった。
『...嘘』
実家だった場所は更地になっていた。
なんの痕跡も無い、私が過ごした生家は消え失せていた。
近所の人に聞いたが、皆知らないと言うばかり。
きっと兄達が教えない様に頼んだのだろう。
兄妹の知り合いに聞こうにも、私は二人の自宅はおろか、勤め先すら知らない。
昔から興味すら無かったのだ。
次に私は興信所を頼った。
金の問題では無い、何かしらの情報が欲しかった。
しかし3ヶ月経ったが、未だ興信所から連絡が無い。
問い合わせをしても、難航していると言うばかり。
最後の手段、私は元旦那の自宅に手紙を書いた。
離婚してからも両親は向こうと連絡を取っていた、それなら何か情報を持っていると考えた。
『...ダメか』
幸いにも返事は返って来たが、何も知らないとだけ。
そして、もう手紙は書かないでくれとあった。
「...今日も来てないか」
郵便受けには何も入っていない。
帰宅したマンション。
一人暮らしの私。
当たり前だが、部屋には誰も居ない。
もう男は懲り懲り、一人が一番気楽だ。
「...寂しい」
ふと口から出た言葉に呆然とする。
そんな筈無い、これが一番なんだ。
私の生きて来た人生に悔いなんか無い、そう信じていたのに...
「ん?」
携帯が鳴る。
こんな夜更けに誰だろう?
「もしもし?」
非通知だが、通話にスライドさせる。
普段なら出ない、だけど妙な胸騒ぎに動かされた。
『...史佳か?』
「兄さん?」
それは兄からだった。
お父さんと良く似ているが、何故か兄だと直ぐに分かった。
『たった今、母さんが死んだぞ』
「...え?」
今なんて言ったの?
『母さんからの遺言だ、元気でと』
「ち...ちょっと待って!」
そんな事急に受け止められない!
『お前が殺したも一緒だ、散々苦労を掛けやがって』
「そんな...」
『話は以上だ』
「待ってよ!
と...父さんは、みんなはどうしてるの!教えてよ!!」
『もう...今さら手遅れなんだよ史佳』
「あ...もしもし!もしもし!!」
電話が切れる。
こうして私にとって最後の電話が、家族と最後の繋がりが切れてしまった。
「...もう帰る場所は無いのね」
ようやく分かった家族の大切さ。
それはあまりにも遅い後悔。
声が枯れ、ただ泣きじゃくるしか無かった。
〆は紗央莉さん!