エピローグ 政志の幸せな場所
エピローグを三つに分けます。
先ずは政志!
「山内じゃないか?」
久し振りの東京出張。
初日の仕事を終え、予約していたホテルへ向かう俺を一人の男が呼び止めた。
「...西口か?」
「やっぱりか、元気だったか?」
「まあな」
彼は俺が以前勤めていた会社の同僚、西口雄二、15年振りの再会だった。
「いつ東京に?」
「今朝だ。
出張でな、明日の夕方に帰る」
「そうか」
久し振りに会った友人の姿に懐かしさを覚える。
史佳と離婚した時、苦しむ俺を励ましてくれたっけ。
「飯でもどうだ?」
「俺は構わないけど、そっちは大丈夫か?」
「大丈夫だ、カミさんには連絡するから」
西口は携帯を取り出した。
彼の家族と以前は交流が会ったけど、大丈夫かな?
何しろ時間が経ちすぎだ。
「楽しんで来て、だってさ」
電話を済ませた西口は笑顔で俺の肩を叩く。
そんなに嬉しいものなのか?
早く帰って家族団欒の方が楽しいと思うが。
「それじゃ行くか、店は任せてくれて良いな?」
「頼むよ」
西口の案内で近くにあった割烹居酒屋に入る。
案内された個室で簡単な注文を済ませた。
「それじや再会を祝して乾杯!」
「乾杯」
生ビールの入ったジョッキを合わせる。
そういえば外で飲むのは久し振りだ。
「元気そうでなによりだ」
西口は俺の顔を見ながら笑った。
「色々あったからな」
「そうだったな」
俺に起きた事を全部知っているんだ、史佳にされた事を全部...
「西口、子供達は元気か?」
「あ...ああ」
「そっか、大きくなっただろうな」
子供が二人いた筈だ。
最後に会った時、下が一歳で上が三歳だった。
あれから15年だと言う事は...
「高一と高三だよ」
「そんなになるか」
「当たり前だ、俺達だって中年だろ」
「確かにな」
お互い43歳、すっかり年をとった。
「写真見るか?」
「おお」
西口から携帯を受けとる。
ディスプレイに映るのはすっかり大きくなった二人の写真だった。
「俺の事、覚えてるかな?」
「さあ...」
首を振られてしまった。
キャンプとか一緒に行ったんだけど、覚えてる筈ないか、遠い昔の事だし。
「西口はまだあの会社に?」
「ああ、部署は変わったがな」
「そっか、頑張ってるのは何よりだ」
聞けば課長になったと言うではないか、順調に出世してるんだな。
「山内、そっちはどうしてる?」
「故郷で仕事みつけて、のんびりやってるよ」
転職した会社は地元では結構な商社だが、以前働いていた様な大企業じゃない。
でも給料は悪くないし、福利厚生もしっかりしていて居心地が良い。
なにより紗央莉と出会えた、それが一番だ。
「そっか、良かった...」
「どうした西口?」
どうしたんだ?
なぜそんなにホッとしている?
「ずっと気にしてたんだ、あんなクズに傷つけられたお前の事を」
「西口...」
「自殺でもしやしないかって」
「しないよ」
そこまででは無かったと思う...多分。
「何も言わず消えやがって」
「すまん、あの時は誰にも構われたく無かったんだ。
アイツに嘘を言い触らされたからな」
「あのクソ女が...」
憎々しげに吐き捨てる。
史佳と別れる事になった際、アイツは俺との離婚理由を自分から周りに触れ回った。
浮気しておきながら、その原因は俺の不妊にあって、子供を身籠れない悲しさから思い余ってだと?...嘘つきが。
お陰で人間関係がズタズタになったんだぞ?
「あんなクズには、いつか天罰が下るさ」
「...天罰か」
西口には内緒の話だが、天罰は下った。
三年前に突如現れた史佳。
惨めに変わり果てたアイツは俺とまたやり直そうと企んだ。
紗央莉に撃退されたアイツは再び実家へ連れ戻された。
その後の話は...今は止めておこう、酒が不味くなる。
ただ言えるのは、
「アイツは相当にしぶといぜ」
「は?」
「なんでもない」
言葉を濁す、これ以上は言えない。
ただひとつ言えるのは、二度と俺達家族の前に史佳は姿を現す事が無いだろうという事。
「政志...今は幸せか?」
「雄二...」
下の名前を呟く西口に思わず俺まで名前で返してしまう。
そうだ、同期の俺達は親友だった。
いつも下の名前で呼びあい、励ましあった。
何も言わずに消えた薄情者の俺を、雄二はずっと心配してくれていたんだな...
「...幸せだよ、両親と家族のお陰でな」
「両親と家族って...お前まさか」
気づいたか、クズに不妊を知られ、ズタズタにされた人の中で初めて話すぞ。
「9年前に再婚したんだ」
「そっか...」
「俺より10歳下だけど、凄くしっかりした人でな」
「...良かったな」
「写真見るか?」
「見せてくれ」
雄二の手に俺の携帯を差し出す。
とっておきの一枚、俺と両親、そして紗央莉と...
「お...おい...まさか」
画面を見つめる雄二の目が大きく見開く。
激しい衝撃を受けているのがわかった。
「娘達だ、三つ子でもうじき2歳になる」
「政志...お前治ったのか?」
「いいや、でも紛れもなく俺の実子なんだ、医者も驚く奇跡だよ」
「そんな事が...」
雄二の目に涙が溢れる。
「良かった...政志...良かったな」
携帯を見つめながらくしゃくしゃの笑顔で笑う俺達。
こうして長い夜は更けていった。
その後、帰宅した俺に雄二から話を聞いた東京時代の友人達から連絡が立て続けに入るのだった。
「良かったわね、あなた」
「そうだな」
娘達をあやしながら紗央莉は微笑みを浮かべた。
次は...史佳