剣除け祈願の撲殺魔っ
参戦をお断りしてから二週間の間、抗戦の準備は着々と進められていました。この町からも志願兵が招集され、戦地へと赴くようです。
「聖女様、お願いがございまして」
「あの、わたくしは」
「あ、失礼しました。シスター、お願いがあります」
……後ろに居るのは、普段なら帯剣しない筈の宿屋の息子さん……つまり。
「……必勝祈願ですの?」
……戦争へ……行かれるのですね。
「あ、いえ、その……」
……必勝祈願、つまり戦勝を願うのでは無いのなら……。
「……剣除けですね?」
「は、はい! どうか、どうか聖女様のご加護を……!」
「……分かりました。どうぞ、こちらへ」
剣除けとは、そのままの意味。つまり、身体に剣が触れる事が無いように……生きて帰ってくるように、という祈願です。
「聖女様、ありがとうございます……ありがとうございます!」
戦争が近くなりますと、この光景は嫌でもよく見ます。
「母ちゃん、心配するなって。最前線にでも行かされない限り、死ぬ事は無いから」
「だけどね、あんたにもしもの事があったら……ううぅ」
「その為の剣除けだろう。聖女様のご加護だから、絶対に死なないって」
……息子の出征を見送る親……見ていても辛いだけですわ。
「では剣除けの祈願を始めますが……どちらになさいますか?」
「え?」
「ど、どちら?」
「一つは、心の底から主に祈願し、剣除けの奇跡を起こして頂く」
「あの……」
「……それ以外に何が?」
「もう一つは……確実に生きて帰る加護です」
「確実に……生きて帰れる!?」
「そんな事が可能なのですか!?」
「はい。ですが、ある意味で死ぬよりも辛い目に合わなければなりませんし、聖心教の教義に反する恐れもあります。それでも宜しいですか?」
「教義に反する……?」
「い、一体何をするんですか?」
「簡単に言ってしまえば、息子さんに一時的にアンデッド化して頂くのです」
「「アンデッド!?」」
「意思のあるゾンビという形で、参戦して頂くんですわ」
ゾンビでしたら、何をされても死にませんし。
「ゾ、ゾンビになるなんて……!」
「ゾンビになってまで、生に縋りたくありません!」
「ですから、一時的です」
「「……は?」」
「簡単に説明致します。まずここで一度死んで頂き、ゾンビとして復活させます」
「「……はあ」」
「そのまま参戦し、死なずに済めばそのまま浄化し、元に戻って頂きます」
「あ、あの、もし最前線に送られた場合は……」
「ここからが重要なのです。よくお聞き下さい」
「は、はい!」
「もし最前線で戦われる事になった場合は、一生懸命戦って下さい」
「「……は?」」
「生き残れれば重畳ですが、そうならなかった場合は」
「あ、そうですね。ゾンビになってるんだから、死ぬ心配は」
「あ、そのまま死んで頂きます」
「はい?」
つまり、斬られた時点で死んだ振りをして頂くのです。ゾンビ化している以上、傍目には死体と何ら変わりませんから、不審に思われる事もありません。
「そっか、戦いが終わってから、こっそり自陣に戻れば……」
「バレる心配もありません。そのまま戦いが終わるまでやり過ごせば、確実に生き残れます」
宿屋の親子さんは、希望に溢れた表情になっていきます。
「ですが、当然ながらデメリットもあります」
「はい、教義に反するのですね」
「生き残れるのなら、それは覚悟します」
聖心教の教義では、仮初めの生、つまりアンデッドを否定しているのです。
「それ以上に厄介な点があります。それは意思のあるゾンビだという事です」
「……それが何か?」
「意思がある、という事は、感覚も残ります。つまり斬られた際には、当然ながら痛みが生じるのです」
「痛みが……!」
「致命的なダメージを受けても死ぬ事は無く、傷が塞がるまで痛みに耐えなくてはならないのです……文字通り死ぬ程の痛みに」
「「…………」」
「それと、聖属性の攻撃には致命的に弱くなります。聖剣で斬られれば一溜まりもありません」
「せ、聖剣……」
「まあ、最前線に聖剣持ちが現れるのは稀ですから、そこを心配する必要は無いとは思います。ですが、聖属性気に弱い事は必ず覚えておいて下さい」
「え、でも」
「稀であるなら……」
「回復魔術も聖属性なのです。致命傷に至らないような傷を魔術で治療されれば、即あの世行きですわよ?」
「そ、そうか。うっかり治療されないように気を付けないといけないんだっ」
分かって頂けたようですわね。
「では、どうなさいますか? 確実な剣除けをご希望でしたら、知り合いの死霊魔術士を呼びますが」
「……そりゃあ……そうしてもらえれば……」
「だけど……私達もそこまでお金は無いし……」
「ああ、お金なんて一切頂きませんわ」
「「え!?」」
「但し……」
ああ、笑顔が零れてしまいますわっ。
「一度死んで頂く際には、わたくしが直接撲殺するのを許して頂くだけで結構ですわ」
「…………そう言えば聖女様って、〝紅月〟でもあるんだったっけ……」
「シッ! それは公然の秘密だよっ」
「ふう……ではお願いします、聖女様」
宿屋の息子さんは、覚悟を決めて目を閉じました。
「撲殺する前に一つだけ」
「はい?」
「わたくし、聖女なんて呼ばれるような高尚な存在ではありませんので……では、天誅!」
ブゥン! バガッ
「ぐげっ!?」
「天罰!」
ブゥン! ゴチャッ
「がっ」
「あははは、滅殺! 抹殺! 撲殺!」
ガッ! ボキャ! グジャア!
……ドサッ
「あははははは! 宿屋の孝行息子の頭が、花火みたいに砕けて……あはははははははははは! おかしいったらありゃしない! あはははははははははは!」
……宿屋の女将さん、自宅に帰しておいて正解じゃの。
ゾンビ化の代償が撲殺じゃ、割に合わないような。