会議と撲殺魔っ
もたらされた凶報は、戦争が始まった、という事じゃったな。シスターのような可憐な女性が戦場に行かねばならぬのか…………あ、いや、よくよく考えれば、シスター程に戦場が似合う女性は、居らんのではないかのう……?
『あははははは! 兵士達が情け無いったらありゃしない! わたくし自ら陣頭指揮を執って、敵を粉砕して見せますわ! 血の雨が降りますわよ……あははははは!』
……といった具合にの。
「……?」
「リファリス?」
「はい?」
「どうかした?」
「え……あ、いえ。何でもありませんわ」
……何故でしょうか。急に苛々したのですが……やはり気が昴っているのでしょうか。
「聖女様、もう着きやすぜ」
乗っていた馬車の御者が、わたくしに教えて下さいました。確かに目の前には、聖地サルバドルが見えてきていました。
「ご苦労様」
「へい、ありがとうございやす」
運賃を渡すと、馬車は港へと戻っていきました。
「うむ、物々しい雰囲気と思われ」
リジーが言う通り、普段は静かな聖地サルバドルの警備体制は、各段に厳重になっています。
「……ここにも戦争の影響が出ていますわね」
前回と全く同じですわ。
「そんなに大事なの、この聖地サルバドルって」
確かに南大陸のかなり南側に位置しているサルバドルは、戦略的にはあまり重要な位置にありません。
「仕方ありませんわ。魔王教の最終目的が、この聖地サルバドルなのですから」
「あ、それ習った。確か魔王妃が封印されてるんだっけ?」
「正確に言えば、封印はされていません。聖地サルバドルに居わす、と言うのが正確なところでしょうか」
「居わす……って、敵の親玉の奥さんに対して敬語なの?」
その言葉、必ず言うと思ってましたわ。
「仕方ありませんわ。その魔王妃が、現在の枢機卿の一人なのですから」
「……は?」
「その反応も予想できてましたわ……」
「て、敵対してる宗教のお偉いさんの奥さんが、枢機卿をしてるの?」
あら、それは違いましてよ。
「魔王は魔王教のトップでは無くてよ?」
「え……?」
「前回も教えましたわよね。魔王教はあくまで魔王を畏敬の対象にしている宗教だと。つまりは」
「……ああ、つまりは魔王自らが扇動してるんじゃなくて」
「そう。周りが騒いでいるだけ……というのが、現実の構図ですわ」
「つまり魔王の奥さんで在ろうが、信仰に関しては自由だと?」
「まあ……魔王が許容しているのですから、自由なのではありませんか?」
「……随分と寛大と言うか、何と言うか……」
「その辺りについてはプライベートな事ですから、わたくしが口にすべきではありませんわ」
「……でもさ、普通に考えたら、その魔王妃も大概だよね」
はい?
「話を聞く限り、魔王妃を取り戻せ、というのが魔王教側の戦争の理由なんだよね?」
「そうですが……まあ言いたい事は分かりますわ。要は魔王妃が北大陸に帰れば、戦争も起きないのではないか、と言いたいのですわね?」
「うむ、強ち間違い無い」
……強ちの必要ありますの?
「おそらくですが、魔王妃が帰ったとしても、魔王教は戦端を開くでしょうね。名目は……魔王妃を長年に渡って封印してきた罪を問う、といったところでしょうか」
「え? 結局戦争なの?」
「はい。魔王教の真の目的は、どうやら聖心教の殲滅らしいのです……」
「…………………………………………正気?」
……リジーはしばらくの間、口を開きっ放しで固まっていました。気持ちはよーく分かります。
シスターの言う事は真実じゃよ。魔王教の目的は、この世界の宗教を魔王教で統一する事。つまり、他の宗教の完全排除を真剣に行っておるのじゃ。
当然ながら、そんな事は不可能に等しい。お主等の世界にある弓形の島国に居った、隠れキリシタンとかいう例があるように、弾圧しても消えてしまわないのが宗教じゃ。
それが分かっておるのか分かっていないのか、一体魔王教の狙いは何なんじゃろうな。
「枢機卿、ロード、全て揃われました」
わたくしが集会場に入ると、侍従長の厳かな声が場内に響きました。
「聖女様、お早くご着席を。もうすぐ始まります」
近くに座っていらした知り合いのロード様に促され、わたくしはわたくしの席に急ぎます。
「聖女リファリス様も、流石に今回は間に合われましたか」
「毎度毎度遅刻されては、聖女の名が泣きますぞ」
わたくしに対して厳しい言葉を投げかけてくるのは、北のロード様です。戦地になる可能性が高く、早めに抗戦の準備をしたいのでしょう。
「大司教猊下、よろしくお願い致します」
既にいらっしゃっていた大司教猊下が、威厳あるお声を発せられます。
「また北の異教徒が、我々に無謀な戦いを仕掛けてきた。望む戦いでは無いが、ただ黙って同胞が嬲り殺されるのを見ている訳にはいかぬ。よって各国と連携の上、徹底抗戦する」
大司教猊下のお言葉は、即ち聖心教の意志決定に他ならない。これによって戦争が現実味を帯びてきたのです。
が。
「大司教猊下、宜しいでしょうか」
それはあくまで北での出来事であって、セントリファリスに直接的な影響はありません。
「どうかしたか、聖女リファリスよ」
わたくしは今回、ある決意を秘めて、ここに参りました。
それは。
「今回の戦い、わたくしは参加を控えさせて頂きとうございます」
あれ、撲殺し放題なのに?