凶報と撲殺魔っ
今回は少々毛色が違っての、シスターが住む国の周辺国との話じゃ。実はシスター、過去にも従軍魔術士として何度か参加した事があるのじゃが、その中でも最も名を馳せる事となった事件を紹介しようかの。
前回に海でテンタクルスを討伐してから、一ヶ月も経っておらぬ頃に、それは起きたじゃ。
ザッ ザッ
今日も気持ち良い朝です。早朝の奉仕も捗りますわ。
「『癒せ』、『癒しなさい』、『癒されなさい』」
その近くでリブラが、枯れかけた草を相手に回復魔術の練習をしています。
「うぅ~……『回復しやがれ』……『死ぬまで回復しろ』」
……ポゥ……
「あ…………す、少しだけ元気になった!?」
喜びながらわたくしをジッと見てくるリブラを見ながら、わたくしはニッコリと微笑んであげました。
「よくできました」
「うふっ、うふふふっ」
「やっとリジーの足元に及びましたわね」
「ぐふぅ」
そのまま前のめりに突っ伏すリブラ。草むらに顔を突っ込むと汚いですわよ。
「詠唱の結びの言葉は、魔術を発動させる上で最も重要です。その言葉の選び方次第で、効果も大きく変わってきますわ……例えば」
葉の先を虫にかじられた樹木に手を伸ばし。
「このくらいでしたら、わたくしが直接修復するよりも、木本来の回復力を高める方が良いですわね……『貴方が、癒せ』」
幹から光が溢れ、かじられていた葉っぱがみるみる再生されていきます。
「こうすれば術者自身の魔力消費も最低限に抑えられますわ。但し、回復する対象の体力が明らかに落ちている場合は、この回復方法は逆に致命的になってしまいます。その場合は」
今度はリブラが必死に癒やそうとしていた枯れ草に、聖なる魔力を流し込みます。
「わたくし自身の魔力を注ぎ込み、内部から直接癒やしていきます……『わたくしが、癒せ』」
パアアア……
茶色い葉っぱは青々とした新緑同様に蘇り、傾いていた茎は天を突かんはがりに屹立します。
「相手の容態に応じて、回復魔術を使い分けるのです。これが沢山の方の傷を癒やすコツですわ」
「ほ、ほへぇ~」
「病気の場合は、また少し違ってきます。元となっているものに攻撃する、という術式になりますわ。ですから先程のような癒やす魔術は、逆に病気の元を活性化させてしまう恐れがありますので、ちゃんと症状を見極める〝眼〟が必要になってくるのです」
「眼、ねえ……ううぅ、難しいなあ……」
「相手を殺す術を学んできた貴女には、傷を癒やす系統の方が合いますわね。まずはそこから磨いていきましょう」
「は、はい……先は長いぃ」
そんな会話をしていますと、慌ただしく駆けてくる鎧がぶつかり合う音が響いてきました。
「……ふう。せっかく後継者を育てる喜びに満たされてましたのに……不粋ですわね」
ため息を吐きつつ、現れるであろうもう一人の弟子を待ちます。
「て、てえへんだああ! てえへんだてえへんだ、てえへんだあああ!」
……てえへん?
「てえへんだあ、親分!」
「誰が親分ですの……と言うより、何なんですの、それ?」
「うい、一度やってみたかった」
……時々リジーが分からなくなります。
「あ、三角形のじゃないの?」
…………。
「リブラ、寒いですわよ」
「リブラ、オヤジギャグ」
「はぅぅ!?」
リブラが往来で横たわるのを放置しながら、わたくしはリジーから話を聞きます。
「何があったんですの?」
「そ、そ、総動員令が」
え?
「まさか、総動員令が発令されましたの?」
「は、はいぃ! 全ロードは聖地に出頭するように、と」
………そうですか。
「また、戦争ですのね……」
戦争、という言葉に、リブラが反応しました。
「まさか……北の?」
「ええ。北大陸からの圧力ですわね」
「ちぃ……また魔王教の連中か」
魔王教信仰の国は、南大陸では一番北の魔国連合くらいしかありません。
「やはり、海ですの?」
「魔国連合を経由して、だろうね」
前回と同じパターンですわね。
「あ、あの?」
「何ですの、リジー」
「ま、魔王教って?」
「「………………は?」」
「あの、魔国連合って?」
し、知らないんですの?
「貴女、元諜報部隊員でしょう?」
「うい。だけど私は国内専門だったから」
そ、そういう問題では無いような気が……。
「はあ……分かりましたわ、説明して差し上げます。魔王教とは……」
長くなりそうじゃからの、魔王教については掻い摘まんでワシが説明しよう。
魔王教というのは魔王崇拝では無く、魔王封印を願う宗教じゃ。
簡単に言えば「魔王マジ怖いよね。だから祭って誉めて讃えまくって、いい気分で大人しくしててもらお」っという事じゃな。主に魔王のお膝元である北大陸で信仰されておる宗教での、南大陸の聖心教とは教義が相容れず、過去を振り返っても争いが絶えなんだのじゃ。シスターが参加した戦争と言うのも、この宗教間の争いの事なのじゃよ。
「…………くっだらない」
リジーがポロッとこぼした言葉が、全てを物語っています。そうです、ハッキリ言ってくだらない戦争なのです。
「ですが、抵抗しない訳には参りませんわ」
「どうして?」
目を閉じて、わたくしはため息混じりに言葉を紡ぎ出しました。
「だって、魔王教の最終目的は、聖地サルバドルに眠る魔王妃なのですから」
さあ、戦争だ!