覚悟を決めた撲殺魔っ
まさか、あのシスターがあのような大胆な水着を選ぶとはのぅ。
まあ、確かに、あの博物館級の水着よりはマシじゃろうが。
「あのー、お客様ー」
「さっさと出てきなさいってー」
ほ、本当にこんな格好で外を歩くんですの!?
「お客様ー」
「リファリスー」
「わ、分かってますから、もう少し心の準備が整ってから」
「お客様ー、店内も混んできておりますのでー」
「リファリスー、観念して出て来なさいー」
う、ううぅ……。
「……仕方無いね。ここは強硬突破で」
「はい、致し方ございません」
えっ!?
「リファリスー、入るよー」
「お客様ー、開けますよー」
シャーッ
カ、カーテンが……さ、させませんわ!
ガッ
「あ、無駄な抵抗を」
「お客様、開けて下さい」
「で、ですから心の準備が……!」
「そう言って三十分くらい粘ってるよ」
「他のお客様のご迷惑にもなりますので、いい加減に観念なさって下さいませ」
ううぅ……!
「あ、抵抗が緩んだ!」
「今です!」
カシャアッ!
「きゃ、きゃああ!?」
カーテンを開け放った二人は……何故かそこから何も仰いません。
「……?」
「「………………」」
グイッ
「ま、待って下さいましっ」
二人は顔を見合わせ、大きな大きなため息を吐いてから、わたくしを試着室から引っ張り出したのでした。
「……強烈だわ」
「……強烈ですね」
な、何がですの?
「ほーら、リファリス、堂々と歩きなさいよ」
「ど、堂々となんてできる筈がありませんわ!」
わたくしと同じくビキニとか言う水着を身に付けたリブラは、恥ずかしがる様子も無く堂々と歩いています。
「この辺りは海水浴場に近いから、水着で歩いてる人も珍しくないから」
「で、ですがわたくし達、チラチラと見られているではありませんかっ!」
リブラは遠い目をして、ため息を吐きます。
「それはリファリスが原因なんだけどね……私なんか見られもしないくらいに」
「わ、わたくしが原因ですの!? やはりこの破廉恥千万な格好が災いしてますの!?」
「破廉恥……まあ破廉恥には違いないけど」
「破廉恥!? わたくし、破廉恥ですのね!」
「あ、いや、それだけでは無くって…………同性には自信喪失になるって言うか、羨望と妬みの対象になるって言うか」
はい?
「ほら、あっちの二人は恨めしげに見てるでしょ。向こうの三人組は凹んでるでしょ。あれ、リファリスを見てそうなったのよ」
わ、わたくしを見て!?
「やはりわたくしは破廉恥千万ですのね、そうですのね!?」
「あーそうねそうね、破廉恥千万千万」
リブラ、面倒臭げに対応しないで下さい!
会場近くまで来ると、余計に視線が痛くなってきます。
「おい、あれって」
「ま、まさか聖女様!?」
「うっわ、スッゲえ……」
「な、何なのよ、あれ!?」
「ま、負けた……全てで負けた……」
こういう時は、よく聞こえる耳が恨めしいですわ……。
「リファリス、注目の的だねえ」
「や、やはりこんな水着では無く、いつものにしていればっ」
「そうすれば、集まった人達から『教科書の』『博物館の』って言われるだけだって」
「ううぅ! そ、それは流石に……」
せ、せめて紐ではなく、色も赤くなければ……い、いえ、ここまで露出してしまっているだけでも、既にアウトですわ。
「あ、リファリス」
警備に当たっていたリジーがわたくしに気付いて駆け寄ってきます。
「むむむ、リファリスが大胆」
「み、見ないで下さいまし! 破廉恥千万すぎて死にそうですわ!」
「……破廉恥千万?」
鎧姿のリジーが首を傾げると、鎧が擦れてガチャガチャ音を立てます。
「……リジーさ、暑くないの、その格好?」
「ふっふっふ、この鎧は『業火の鎧』と言って、身に付けた者を内部から焼き尽くす呪われアイテム」
「な、内部から焼き尽くすって、ヤバいヤツじゃないの!?」
「安心なされい。呪剣士の特性で呪いは反転されるから、中は涼しいくらいと思われ」
「な、中が涼しい鎧って……う、羨ましいわ」
夏場の戦闘では、熱中症で倒れる騎士も多いのです。
「むっふっふ、警備役だからこそ許される格好」
リジーだからこそ、とも言えますわね。
「リ、リファリス、私の鎧にあーいう祝福を授けてくれない!?」
「……できなくはありませんが……お高いですわよ?」
「お、お金取るの!?」
「当たり前ですわ。『祝福付与』を無償で行ったりしたら、武器防具の相場が大変な事になりますわよ」
「あー、確かに」
祝福を施せる術者は数える程にしか居ません。ですから、市場に出回る量もごく少数で、どうしても高額になってしまうのです。
「だ、だったら友達のよしみで」
「貴女がもう少し真面目に修行なさるのでしたら、考えますわ」
リブラは鳴らない口笛を吹きながら、向こうを向いてしまいました。
「……不真面目な自覚はあったのですわね……」
説法会に先立って、海神に対する感謝の祈りが捧げられます。
「…………」
この時だけは、賑やかだった会場が静まり返ります。
「…………主と志を同じくする海の王よ、我等の航路に災い無きよう、どうかお守り下さい……」
お祈りが終わり、わたくしが立ち上がると、跪いていた人々が着席します。
「……わたくし、説法を担当させて頂きます、シスターのリファリスでございます。最後までご拝聴して頂ければ幸いでございます」
わたくしが頭を下げますと、その拍子に紐だけで支えられている胸が揺れてしまいました。は、外れたりしませんわよね。
この時に会場に居た男性の大半が、紐が外れる事を願っておったの。
補足。覆うところが多い水着というのは、水泳選手が着てるようなピチッとしたものではなく、服と変わらないようなものです。こういう水着への忌避はシスターの独断と偏見ですので、御了承下さい。