ロードと撲殺魔っ
シスターの判断により、アニスちゃんの凶行を止める事に成功したのじゃが……一体何をさせようとしておったのやら。
「シスター・リファリス、一体どういう事ですか?」
愚図るアニスちゃんを抱き上げたまま、わたくしに視線を投げかけます。その中には先程の行為への非難も込められています。
「まず最初に、緊急性があったとは言え、先程のような乱暴な行為をしてしまった事に、心から謝罪致します。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるわたくしを見て、院長先生が慌てて制止します。
「シスター! ロードでもある貴女が軽々しく頭を下げてはいけません!」
「いえ、ロードでありシスターであるからこそ、自分の犯した過ちには真摯に向き合わねばなりませんので」
そう言って頭を下げたままの姿勢を維持します。すると院長先生のため息が聞こえ。
「……わかりました。シスター・リファリス、謝罪を受け入れます」
そう言われて、ようやく頭を上げられました。
「許して頂き、ホッとしています。ただ、わたくしもしたくてした訳ではありませんので、言い訳がましいかもしれませんが聞いて頂けませんか?」
「無論です。事情をお聞かせ下さい」
そう言ってわたくしに椅子を勧めて下さりました。お言葉に甘えて、腰掛けさせて頂きます。
「では……まずアニスちゃんの背中の烙印が奴隷印である事はもうご承知ですわね」
「はい」
「奴隷印が何故奴隷印なのか、その理由もご承知ですか?」
「奴隷印が……何故奴隷印?」
やはり。博識な院長先生でもご存知ではなかったのですね。
「一般的に奴隷印は、奴隷の逃亡と反逆を防止する為の魔術印だと思われています」
「そ、そうでは無いのですか?」
「はい。奴隷印が奴隷印と呼ばれる理由は二つございます。一つは、先程も言いました奴隷の逃亡と反逆の防止。そして、もう一つは」
この魔術印が禁印とされる理由。それは。
「込める魔力の量次第で、対象の意思を奪い、己の駒として操れてしまう点です」
「己の……駒として?」
すっかり冷めた鉄ゴテを手に取り、印の部分を院長先生に見せます。
「単刀直入に言いましょう。アニスちゃんを放逐した目的は、孤児院に保護された後、収容されている他の子供達にこの烙印を押させる事だったのです」
「そ、それはつまり……」
わたくしも、もう少しで片棒を担がされるところでした。
「はい。アニスちゃんを通じて奴隷を量産するする事が狙いだったのでしょう」
「そ、そんな……」
「アニスちゃんの感情が欠落していたのは、間違い無く奴隷印からの干渉が原因ですわ」
「な、ならアニスちゃんを置いておく事は……」
「あ、それは心配要りませんわ。もう魔力の流れは断ち切ってありますから」
それを聞いて、院長先生がハッとなさいました。
「あの火鋏は……」
「はい、応急処置でしたが、とりあえずこれで大丈夫です」
それを聞いた院長先生は、両手を口に当て、涙ぐまれ。
「そんな……必死になってアニスちゃんを救って下さったシスターに対し、私は何という事を……!」
「いえ、このような手段でした止められなかったわたくしの修行不足が原因ですわ。もっと精進しなければ……」
本来ならば、一目で気付かなければならない事態だったのです。
「いえいえ、シスターは為すべき事を為されましたわ」
……いえ、だからと言ってこのまま終わりにはできません。
「院長先生、わたくしはしばらくの間は来れなくなりますので、子供達には上手く説明しておいて下さいまし」
「シスター?」
「わたくし、これよりロードの権限を発動します」
院長とシスターとの会話で「ロード」という言葉が度々出てきたじゃろ。それについて説明しよう。
ロードとは文字通り「領主」を意味する言葉じゃが、聖心教のロードはちぃと違うのじゃ。
ロードとは区域内の神父・シスターの長を示す宗教用語での、シスター・リファリスもその立場にあるのじゃ。聖心教のそれともなれば、区域内での発言力も馬鹿にできぬ影響力を持つの。
つまりシスターが「ロードの権限を発動する」と言ったのは、その影響力をフル活用する、という事じゃの。
さてさて、このような事件に関わる決意をしたシスターの今後を見守ろうかの。
朝日が射し始めた頃、わたくしは町役場へと足を向けました。
「あ、これは聖女様」
「何度も言いますが、わたくしは聖女ではありません。それより町長様はご出勤ですか?」
「あ、はい。町長でしたら、会議があるのでもう役場内に」
いらっしゃるのでしたら話が早いですわ。
「町長にご用でしたら、こちらに署名」
「入りますわよ」
「え、ちょっと!?」
進もうとするわたくしに、複数の衛兵さんが立ちはだかります。
「シスター、お急ぎなのかもしれませんが、規則ですので」
規則?
「一つお聞きしますが、町長様が中に入るのに、署名が必要ですの?」
「い、いえ、必要ありません」
「ならばそれと同等の権限を有するわたくしの場合はどうですの?」
ロード、という言葉にたじろぐ衛兵さん達。
「ロ、ロード!? シスターが!?」
左手に輝く指輪を見せます。
「そ、その指輪は! も、申し訳ありませんでした! どうぞお通り下さい」
「はい、ありがとうございます」
あまりロードの権限を振るいたくはありませんが、今は緊急事態ですから止むを得ません。
「シ、シスターがロード……」
「せ、聖女様なんだから、有り得なくは無いよな、冷静に考えれば……」