動き始めた撲殺魔と、二人目の首だけ令嬢っ
初等科の方々が来られる一時間程前。
「団長、急に我々を呼び出したのは、どういう風の吹き回しで?」
礼拝堂で各々椅子や手摺りに座りながら、騎士様はわたくしに視線を向けてきます。
「毎回言いますが、わたくしは団長ではありません」
「あー……まだ認めてないんすね、団長」
「ですから、団長では」
「あーはいはい、失礼しました、聖女様」
「あのですね、わたくしは聖女では」
「はいはいはい、シスターですね、シスター」
面倒くさそうにしないで頂きたいのですが……。
「で、団長。もう一回言いますが、前団長の一件から連絡一つ寄越さなかったのに、どういう風の吹き回しですかい?」
「実はですね、わたくしの護衛をお願いしたいのです」
「団長の? そりゃ構いませんが……」
彼等は自由騎士団の聖地駐留部隊です。副団長様は自治領主代理としてのお仕事もありますので、こちらにはいらっしゃいません。
「ですが、ここにはリブラの姐さんやリジー嬢ちゃんも居るんじゃ?」
「あの二人は今、試練を受けて頂いてますので」
「試練?」
「あの二人…………何かある度に衝突しますので……」
それを聞いた騎士様は、全員がウンウンと頷かれました。何故でしょうか?
「まあ……団長には何を言っても無駄だろうな」
「そうだな、聖女様だからなー」
「姐さん達も苦労するなー」
何故にわたくしが悪くなるんですの?
「まあいいや。団長に命令されたんだから、断る筈も無い。引き受けますぜ」
「ありがとうございます。それとわたくしは」
「団長では無い、と言うんですか?」
「……もう宜しくてよ。はあぁ、世俗の権威に振り回されたくないのですが……」
「いやいや、あれだけ犯罪人を殴り殺しておいて、世俗に染まりたくないは通用しませんぜ」
殴り殺していません! ちゃんと生き返らせてますわ!
こんなやり取りがあった午後、早速騎士様のお世話になろうとは……。
「初等科の先生がシスター相手に脅してくるとは……」
「世も末だな」
騎士様が呆れた様子で呟いていましたが、やはりメリーシルバーにはそれだけの価値があるのでしょうね。
「騎士様、また頼まれて頂けますか?」
「はいはい、現団長だったら喜んで従いますぜ」
「激しく同意ってヤツだな。何なりとご命令を」
「……わたくし、今から初等科へ行って参ります。メリーシルバーの護衛をお願い致します」
「分かりました。で、団長にも何人か付けますか?」
「そう……ですね。では貴方にお願いします」
「分かりました……って、俺一人ですかい?」
「あら、貴方はわたくしを守り通す自信がありませんの?」
「え……そ、それは卑怯な物言いですぜ。そう言われちゃあ、断るなんてできっこない」
「ならば引き受けて頂けるのですわね。ああ、騎士様に守って頂けるのですから、心強いですわ」
「……団長の方が強いでしょ、多分」
「何か言いまして?」
「あ、いえいえ、何でもありません」
教会から飛び出した私は、ある伯爵家が主催している茶会に潜り込んでいた。
「……あーあ、もう二度とこんな格好はしないと思ってたのに……」
リファリスと一緒に暮らす事を決めた日、私は貴族である自分を捨てたつもりだった。それがこんな形で戻る羽目になるなんて……。
「はあ、ドレスを取っておいて良かった
何かの役に立つかもしれない、と一着だけ仕舞っておいたドレスが、こんな形で役立つとは……。
「失礼致します」
「え……あら、貴女は…………ま、まさか、リブラ侯爵夫人!?」
私と交流のあった伯爵夫人に声を掛けると、腰を抜かさんばかりに驚いた様子だ。
ま、そりゃそうよね。対外的に死んだ事になってる私が、突如として目の前に現れたんだから。
「妹のラブリ・リブラでございます。生前は姉がお世話になりまして……」
「あ、あら、妹さん? つまり、次期侯爵夫人の……」
「はい。まだまだ姉に及ばぬ若輩者ですが、どうか宜しくお願い致します」
しおらしい態度で頭を下げると、伯爵夫人は慌てた様子で私の手を取った。
「侯爵夫人になられる方が、私如きに頭を下げてはいけませんわ!」
「しかし、右も左も分からず……私、どうしたらいいのか……」
「……そう……ですわね。お姉様の事は急でしたから、無理もございませんわね……分かりました、私も含め、高貴な血を引く同志がちゃんと貴女様を後見致しますわ」
「……はい、ありがとうございます……」
よし、これで色々聞き出せそうね。
「あ、それで早速お聞きしたい事がありまして」
「はい、何でしょう」
「実は、国立初等科教育所なのですが……」
茶会に紛れ込んで三時間、元々親交があった旧貴族から情報をかき集め、ある結論にたどり着いた頃には、すっかり日が暮れていた。
「はぁ~あ、つっかれた……やっぱ私にはお茶会は向いてないわ」
「あら、お姉様ったらだらしないですわね」
久々に実家に戻り、ベッドに突っ伏している私に、遠慮の無い言葉を浴びせてきたのは私とそっくりな美少女だった。
「何よ、ラブリ。あんただって苦手なんでしょ」
「お生憎様。私、苦手じゃなくて嫌いなんです。その気になれば、あのような狸の化かし合い、どうとでもなります」
双子の妹、ラブリ。私とは正反対な才能を持った腹黒だ。
「そうでしょうよ、あんたなら……あーあ、私は剣を振り回して暴れてた方が楽だわ」
「お姉様がそんなだから、私が引っ張り出されるんですのよ。あーあ、私は一日中本を読み漁りたいですわ」
武の私、文のラブリ。二人が揃ってのリブラ・リブラ。
「お姉様、いい加減に聖女様を追っかけ回すのはお止めになったら如何です?」
「嫌よ。ようやく見つけた理想の相手、絶対に手に入れてやるんだから」
二人がそれぞれの役割を果たしてきた。それがリブラ・リブラ侯爵夫人なのだ。