草刈りと撲殺魔っ
今回はシスターと言うより、周りに焦点を当ててみようかの。
まず一人目は諜報部隊から栄転し、聖女様の護衛を仰せつかった狐娘じゃな。知っての通り異世界からの渡り人で、呪剣士という呪われたアイテムしか扱えない職業の、何とも妙ちくりんな娘じゃ。呪具集めが趣味な本人にとっては、天職であろうが。
もう一人は元侯爵夫人の首だけ令嬢じゃな。リブラ家という剣の大家の当主でありながら、ある理由で死んだものとして扱われてしまい、地位も名声も何もかもを失った不憫な娘じゃ。今はシスターに保護されて見習いシスターなんぞしておるが、こちらも全く気にする様子も見せずにおる。
この二人……特に首だけ令嬢じゃが……シスターを狙っておるらしく、あまり仲は良ろしくないの。よく喧嘩をしておるのを見かけるが……。
「だから、あんたが!」
「いーや、あんたが!」
む? 噂をすれば、じゃな。ちょうど喧嘩を始めよった。
「いい加減になさい!」
荒れる前にシスターが仲裁に入ったようじゃ。やれやれ、今回はどんな理由で喧嘩を始めたのやら……。
「一体何事ですの!?」
朝の奉仕の最中に突然始まった喧嘩は、わたくしが介入してようやく収まりました。
「だ、だってこいつがっ」
「だ、だってキツネがっ」
「うっがあああ! キツネ言うなああ、キツネだけど」
「ならいいじゃないの。何を怒る必要があるのよ」
「首女に言われるとムカつくっ」
「だ、誰が首女よ!」
「首女には違いない」
「そ、そりゃそうだけど!」
「止めなさい、と言ってますのよ?」
わたくしが低い声を出すと、二人は一気に大人しくなりました。
「……毎度問い質すのも馬鹿馬鹿しくなってきましたが、一応聞きます。原因は何ですの?」
リジーはリブラを、リブラはリジーを指差し、お互いの主張を語り出します。
「こいつが草刈りを止めてきた!」
「こいつ、あろう事か、自分の剣で草刈りを始めたのよ!?」
……?
「リジーが怒る理由は納得しますが……リブラが激怒した意味が分かりませんわね」
「ほーら見ろ! やっぱりお前が不自然!」
水を得た魚状態のリジーは、一気にリブラに畳み掛けます。
「私は不自然じゃない! やっぱり剣で草刈りなんて、あり得ないわ!」
「でもリファリスは私に味方してる。ね、そうでしょ?」
「お待ちになって。リブラ、何故リジーが剣で草刈りしている事に対して、そこまで怒ってますの?」
そう聞かれたリブラは、自らの愛剣を抜いてわたくしに見せました。
「剣は騎士の誇りよ! それを草刈り如きに抜くなんて、リブラ家の名誉にかけて許さない!」
……ああ、そういう事ですの。
「つまりリブラは、騎士の誇りでもある剣を草刈りに使うのは以ての外、と言いたいのですわね?」
「そうよ」
「それは理解できますわね」
今度はリブラがニヤリと笑います。
「ほおおおら、事情を話せばちゃんとリファリスは理解してくれたじゃない。やっぱり不自然なのよ、あんたは!」
「いやいやいや、おかしいと思われ。剣は使ってこそ。いつでもどんな時でも使いこなす事によって、剣の練度は高まっていく。草刈りであろうと、剣の鍛錬になる」
「ああ、それも理解できますわね」
わたくしの言葉を聞いて、再びリジーがニヤリと笑います。
「そ、そんなに鍛錬がしたいのなら、別の剣を使えばいいのよ! わざわざ愛剣を使う必要は無いわ!」
「剣は馴染んでこそ。同じ剣を使い続けなければ意味無しと思われ」
「同じ剣にばかり頼っていては、いつまで経っても次の段階へは進めない。違う剣にも対応できてこそ、剣の腕はより高みへと上がるのよ」
「……つまり浮気上等?」
「違うわよ! いくら名剣であっても、何かの拍子に折れないとも限らない。そんな時に『いつもの剣じゃないと戦えないよ~』とでも言うつもり?」
「そんな事言わない! と言うより、愛剣が折れる事前提で語ってる時点で、剣の腕が知れる」
「…………へえ?」
剣の腕が知れる、と言われた瞬間から、リブラの目に剣呑な光が宿りました。
「私に対して、よくそんなデカい口が叩けたわね。リブラ家の当主まで務めていた、私に」
「リブラ家当主だからって、何だっての」
キィンッ!
「っ!?」
「舐めるな、呪剣士。剣の到達点と唱われた我が剣技、お前如きに相対するに能わず」
持っていた剣を弾き飛ばされ、リジーは呆然としています。
「今回は見逃す。だから己が剣に対する姿勢、今一度見直せ」
そう言って背を向けるリブラ。
「……そこで終わりでしたら、絵になりますのにねぇ」
「え?」
わたくしの言葉に、リブラが足を止めます。
すると。
ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!
アキャキャキャキャキャキャ!
「な、何よこれ!?」
「私の剣と打ち合ったのが運の尽き。≪呪われ斬≫の恐ろしさ、味わうがいい」
「ちょ、離れて! 離れなさい!」
ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!
アキャキャキャキャキャキャ!
「い、いやああ! 気持ち悪い! 怖い! 助けてえええ!」
「はあ……『悪霊退散』」
バチィ!
ギャアアアア!
わたくしの聖気に当てられて退散する悪霊を見送ってから、深い深いため息を吐きます。
「リジー、無闇に呪いを振り撒かないで下さる?」
「悪いのはリブラ」
「リブラも、無闇に剣を振り回さないで下さる?」
「悪いのはリジー」
……再び深い深いため息を吐きました。