聖女様の閑話
「……駄目だ……駄目なのだよ……私には荷が重すぎるのだよ……」
雪が深々と降り積もる中。
橋の欄干に足をかけた私に。
「……何をなさってるんですの?」
不意にかかった声。
「……誰かは知らないが……死に逝く私を放っておいてくれないだろうか……」
そう言って空中に身を躍らせようとすると。
「はぁ……天誅」
バギャ!
「ぐああっ!」
右足を折られ。
「天罰」
ゴギャ!
「ぐはあっ!」
左足も折られ。
「滅殺、抹殺、撲さっ……危ない危ない」
バギッベギッ
「ぐおおっ!」
両手も折られた時点で……攻撃が止む。
「い、いきなり……な、何を……」
雪と土が混ざり合い、ドロドロになった地面に横たわる私を、三つの紅い月が見下ろす。
「これで、命を断とう等という、愚かな真似はできませんわね」
「い、命を断つどころか、動く事もできないのだが」
「何はともあれ、これで説教ができますわ」
「せ、説教……?」
「わたくし、昨日シスター見習いになったんですの。ノルマとして、一日一人は調伏しようと思ってますの」
「い、一日一調伏?」
「はい。ですので、わたくしの説教を聞き終えてから、飛び降りて下さいまし」
……それから半日程、両手足の激しい痛みに苛まれながら、新米シスター見習いの下手くそな説教を聞く羽目になった。
「えーっ、主は、貴方の行いを見続けて、いるのです…………はい、終わりましたわ」
「…………」
「では約束通り……『癒せ』」
パアアアア……
い、痛みが消えていく!? まさか……。
ムクッ
「か、身体が動く!? 手足が……」
折れていた筈の手足が……動く!?
「これで動けますわね。さあ、後は好きになさって下さいな」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。君は調伏した相手が、その後どうなってもいいのか?」
「わたくし、一日に一人救え、と先生から言われました。わたくし、貴方を救いました。ですのでもう宜しくてよ」
「ま、待ちなさい。『救い』という言葉の意味を、君はどう解釈しているのだね?」
「え? それは……見習いですもの、分かる筈がありませんわ」
「……分からないものを勝手に押し付けて、君は他人を救った気になっていたのかい?」
それを聞いた新米シスター見習いは、酷く頬を膨らませた。
「じゃあ、どうすれば宜しいんですのっ」
「どうすればと言われても……あ、なら」
「はい?」
身を挺して愛する人を救った聖人の逸話を思い出し、それを口にする。
「……つまり、わたくしに貴方を愛せ、と仰るの?」
「そこまでは望まない。私が言いたいのは、まずは私を自殺願望から救ってみてはどうか、と言う事だ」
件の聖人も、死にたいとばかり口にする女性を見事に立ち直らせたのだ。
「……そうすれば、『救い』が分かると?」
「それは分からない。だが、こんな無意味な救いを繰り返すよりは、余程意義のある行為だと思うが」
「…………分かりましたわ。でしたら、貴方を『真に』救ってみせますわ」
……こうして、私は自ら死を望めなくなってしまった。
これが後に「聖女」と呼ばれるようになる。
「あ、そうですわ。これから救うべき方の名前くらいは知っておくべきですわね。わたくしはリファリスですわ」
そして、後に大司教にまで上り詰める。
「……私はルドルフ・フォン・ブルクハルトだ」
私とリファリスの出会いだった。
「では貴方は、貴方自身の在り様が許容できないのですわね?」
それから私とリファリスは、寝食を忘れて語り合った。
「『同一存在』を行使するという事は、新たな命を生み出すに等しい。だが、それは人の在り方としては、あり得ない行為だ」
「……何があり得ないんですの?」
「生命の誕生が魔術で行われるなど、あってはならないのだ」
「ですから、何故あってはならないんですの?」
……そんな問答を延々と繰り返し。
「ならば、一度使ってみては如何?」
「『同一存在』をか!?」
「ええ。何事も試してみなければ始まりませんわよ」
「だ、だから『同一存在』の行使そのものに問題がっ」
「それを決めつけているのは貴方自身でしょう?」
「そ、そうだが……」
「同一存在だなんて、創ってしまえば便利かもしれませんわよ?」
「べ、便利……」
「あまり重く考えず、試してみるのも有りですわ」
「だ、だから試しに行うような」
「人生そのものが『試し』の連続でしょう?」
「……っ……」
「何をするにも、試してみなければ進めない。人間とは、そういうものでしょう?」
……初めて……まともな事を言ったな、リファリス……。
「……いいだろう。やってやろうじゃないか。但し、どんな化け物が生まれてきても、私は知らんぞ」
「その時はわたくしが退治して差し上げますわ」
ようし、やってやる。こんな馬鹿馬鹿しい問答を繰り返すよりマシだ。やって、思い切り後悔してやるっ。
「新たな『私』を創造せよ! 『同一存在』!」
「……にゃは♪」
「……は?」
そして、現在。
「にゃは~、リファっちはアタシの命の恩人なんだね~♪」
あの『同一存在』によって現れたのが、ルーディア・フォン・ブルクハルト。私の欲望と力の大半を身に受けて生み出された、私の半身。
「で、どうだった?」
「にゃは、上手くいったよん♪ 厄災……じゃなくて災厄も無事に祓ったのさ」
「そうか。あの二人には幸せになってもらいたいものだ」
ルディが私から受け継いだ欲望の赴くままに生き、私は多くの者を救う為に教会に在る。
「……本当に、試してみなければ分からないものだな……」
今ではルディ、私の半身が、娘のような存在だ。
「……リファリス、やはり貴女は聖女だよ……」
明日から新章です。