烙印と撲殺魔っ
楽しいお風呂の時間に、シスターが発見した不穏な烙印。それが意味するものは何なのか、気になったシスターは……。
さてさて、その後の様子を見てみようかの。
「シスター様?」
「どこ行くのー?」
あの烙印、どこかで見た事があります。教会の蔵書を調べれば、何かしら分かるかもしれません。
「シスター様!?」
「シ、シスター!」
確か、禁書の棚にそれらしき書物が……早く、早く戻って調べなければ……。
「シスター! 何をしてるんですかっ!」
早く、早く……。
「シスター!」
ガシッ!
急に腕を掴まれ、教会に戻るのを妨害されました。
「離しなさ……あ、院長先生?」
「シスター、そんな姿でどちらへ?」
そんな姿でって……あ。
「わ、わたくしとした事が、何とはしたない……!」
急激に奪われる体温を実感し、急いでお風呂へ戻るのでした。
いやあ、眼福じゃのう。我を忘れて走るシスター、それに伴って揺れる双丘、ほんのりと赤みがかった玉のような肌。だからこの仕事は辞められんわい。
法衣に着替えて孤児院を後にし、急いで教会に戻ります。
「あ、シスター」
「何かありましたか、シスター」
途中で幾度か声を掛けて頂きましたが、今はちゃんと対応できません。後日、きちんとお詫びしなければ。
ガチャ ギイィ
古くなった蝶番が軋んだ音を立てて、わたくしを中へ迎えてくれます。
「資料室、資料室の鍵は……」
教会の重要な施設には、全て鍵が設置してあります。貴重な蔵書も多いものですから、資料室も普段から施錠してあります。
「鍵、鍵……」
ですので、年に数回行う虫干しの時以外に開ける事も無く、慌てているわたくしは鍵の在処が分からなくなり……。
「鍵、鍵、鍵鍵鍵鍵鍵鍵…………あああ、鍵が無いいいいい!」
つい。つい、なんです。愛用の杖を振り上げ……。
バガァァン!
……ドアをブチ破ってしまったのです……あああ、わたくしはお預かりしている教会に、何という事を……!
「主よお許し下さい主よお許し下さい主よお許し下さい主よお許し下さい……」
罪の意識から、わたくしはその場で主に許しを乞うのでした。我ながら何という大それた真似をしてしまったのでしょう……。
シスター、そのまま三時間以上お祈りを続けたのじゃ。急がば回れ、と言うが、今回は正にそれじゃったのう。
「すっかり遅くなってしまいました……」
壊れたドアを壁に立てかけ、真っ暗な資料室に入ります。
「『灯り』」
ブワッ
魔術で室内を照らし、目的の本棚向かいます。禁書の棚はすぐに見つかり、目的の書物もありました。
「烙印、魔術印、強制術印、犯罪者印…………どれも違いますね」
探していたのは「烙印の効能」という禁書で、その場でパラパラとページを捲っていきます。
すると。
「あっ! これですわ!」
見つけたのは最後のページ。強制術印の中でも、現在は使われていないはずの禁印。
「ま、まさか、奴隷印ですの!?」
この国でも昔は公然と行われていた、奴隷の使役。聖心教が明確に禁じた事により、南大陸からは姿を消したはずだったのに。
「な、何という罪深い事を……!」
聖地サルバドルのお膝元、しかもわたくしがお預かりしているこの町で、奴隷売買が行われていたなんて……!
「……許されませんわ……絶対に、許しませんわ……!」
聖女の杖を握り締めながら、わたくしは再び孤児院へと駆け戻りました。
ドンドンドン!
「はいはい、何方か知りませんが、こんな夜中に何の用ですか」
ガチャ ギイッ
「院長先生!」
「シ、シスター・リファリス!?」
「すいません、こんな遅い時間に。ただ、どうしても確認したい事がありましたので」
「は、はあ……」
わたくしは無理矢理中に入ると、禁書の例のページを見せました。
「そ、それは……アニスちゃんの背中の……」
「はい、あの女の子の烙印ですわ。これは奴隷印です」
奴隷、という言葉を聞いただけで、院長先生は蒼白になります。それくらい聖心教では奴隷は禁忌とされているのです。
「な、何と、何と恐ろしい事を……!」
「で、なのですが、アニスちゃんでしたか。今は寝ていますの?」
「は、はい。二階の大部屋で、皆と」
皆と、と聞いた瞬間に身体が動きました。
バァン!
院長室の扉を強引に開き、階段を駆け上がります。そのまま子供達が眠る大部屋のドアへ向かい。
バァァン!
「えっ」
乱暴に開くと、そこには赤く熱せられた鉄ゴテを持って立っている女の子が居ました。
「アニスちゃん!」
バシッ ゴトン
杖で鉄ゴテを叩き落とされた女の子は、ビックリしながらも懐に手を入れ……。
ブン バシィ
「いたいっ!」
繰り出そうとしていたナイフを、手から叩き落とします。
「いたいいたいっ! うえええん!」
泣き叫ぶ女の子を廊下に連れ出し、床に組み伏せます。
「シスター、何をなさっているんですか!」
現れた院長先生を無視し、着ていたワンピースに手を掛け。
ビリィ!
破いて背中の烙印を剥き出しにします。やはり奴隷印で間違いありません。
「院長先生、暖炉の火鋏を!」
「シ、シスター?」
「早く!」
「は、はい!」
院長先生が大部屋の火鋏を持って戻る間。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
女の子は死に物狂いで暴れます。それも、子供とは思えない怪力で。
「流石は奴隷印、強制力は凄まじいですわね……」
子供達は勿論、院長先生でも押さえつけるのは難しいでしょう。それぐらいに強い力を奮わせているのです、この奴隷印は。
「……こんな幼い女の子に、何て事を……!」
「シスター、持ってきましたが……」
差し込まれたままだった火鋏は、先端が真っ赤になっていました。
「いえ、ちょうど良いですわ」
火鋏を受け取ると、すぐに魔術を詠唱。
「……『無痛』」
痛みを感じなくなる魔術を掛け、火鋏を女の子の烙印に。
ジュウウウッ!
「シスター! 何て事を!」
院長先生が悲痛な声を上げますが、無視してもう一度。
ジュウウウッ!
奴隷印の上に「×」の字を重ねる事で、烙印内の魔力の流れを阻害。
それは、つまり。
「ぅあ?」
女の子を動かしていた奴隷印の束縛から解放されるのです。
「あ、あれ? せんせー?」
「少しジッとしてなさい。『癒やしを』」
パアアア……
わたくしの言霊に反応して、手のひらから癒やしの光が注ぎ……女の子の傷を塞ぎます。
「……完全に消してしまうと、再び奴隷印に支配されてしまいます。なので烙印を完全に消せる術式が整うまでは、このまま傷は残しますわ」
「ア、アニスちゃん……?」
「せんせー、せんせー! こわかったよおおおっ!」
「ああ、アニスちゃん……!」
涙を流して抱き合う二人を見守りながら、女の子……アニスちゃんが持っていた鉄ゴテを持ち上げます。
「……やはり……」
その鉄ゴテには、アニスちゃんの背中に押された烙印と同じ奴隷印が刻まれていたのです。