旅行祈願な撲殺魔っ
「あら、新婚旅行ですの?」
「ちちち違います! 新婚旅行じゃありません!」
「では、婚前旅行ですの?」
「違いま…………いえ、それで合っているの……でしょうか?」
わたくしに聞かれましても。
食料品の買い出しの為に商店街を訪れていた時、偶然司書さんと出会いました。
いえ、もうフレデリカさんとお呼びしましょう。
「ですが、そのような大きな鞄を買われたとなると、旅行以外はありませんわよね?」
「は、はい、そうですね」
「ならば、新婚旅行で無いのでしたら、婚前旅行で合っているのではありませんの?」
「そ、そうなるんでしょうか。拙者にはよく分かりません」
真っ赤になった顔を鞄で隠しながら答えてらっしゃるようでは、認めたようなものでしてよ。
「分かりました、ならば旅行に行く、という事で宜しいですわね?」
「は、はい、そうです! 拙者、単なる旅行に行くのです!」
「そうですか…………ちなみに、お一人?」
「いえ、ジョウさんと一緒です」
あら、まあ。
「わたくし、『今は』お一人、と聞いたのですが」
それを聞いた瞬間に真っ青になり、続いて真っ赤になり。様々に顔色を変えながら、フレデリカさんは逃げるように走って行ってしまいました。
「あらあら。お茶に誘おうと思っていたのですが」
少し意地悪だったでしょうか……後で懺悔しておきます。
「やはり婚前旅行でしたの」
その後、教会に訪ねていらっしゃった隊長様……こちらもお名前でお呼びしましょう……ジョウ様が教えて下さいました。
「はい。先日の事件の早期解決が評価されまして、まとまった休暇を頂いたものでして」
「それでフレデリカさんと?」
「はい。誘ったら二つ返事で」
……フレデリカさんは幸せ者ですね。
「それで、ご用件は?」
「あ、失礼しました。明日旅行の安全祈願をお願いしようかと」
「明日ですわね、承りました。時間は?」
「お互いに仕事もありますので、夕方以降にお願いしたいのです」
「構いませんわよ」
何かと忙しい方が多く、事前にお話頂ければ、夕方以降でもお受けしています。
「ありがとうございます。急な頼みでしたので、空いているか不安だったのですが」
「今は旅行のシーズンからは外れておりますから、比較的空きはありましてよ」
幸せになってほしいと思っていた方々の、最初のご旅行ですもの。心を込めて、祈願させて頂きますわ。
翌日、いつもの日課をこなしながらも、気分は夕方の旅行祈願に心が振れます。
「…………♪」
「……リファリス、嬉しそうね」
わたくしの隣で礼拝堂の椅子を磨いていたリブラが、不意に声を掛けてきました。
「え、わたくし、嬉しそうにしてましたかしら?」
「終始ニヤニヤしてるから、バレバレだって」
あら嫌だ。
「何か良い事でも有ったの?」
「ええっとですね、良い事が有ったのでは無く、これから起きるのです」
「これから?」
そう言えば、リブラには言ってませんでしたわね。
「今日の夕方、旅行祈願が一件入っていますので、リブラも参加して下さいね」
「分かったわ……つまり、その旅行祈願がリファリスのお楽しみなの?」
「うふふ、そうですわ。ジョウ様とフレデリカさんの旅行祈願でしてよ」
「え、あの二人、もうそんな仲に……」
そう言ってからのリブラは、やや上の空気味になりながら、椅子磨きを続けていました。
いきなりじゃが、旅行祈願とはあまり聞き慣れぬじゃろ。解説して進ぜようぞ。
この世界では旅行は頻繁に行われておる。やはり富裕層が一番多いのじゃが、庶民の中にもお金を貯めて行く者は結構居るのじゃよ。
じゃがやはり危険な要素も多くての、旅行者の一部は旅行中に命を落としておるのじゃ。不憫じゃのう。
そこで聖心教では、旅行前に祈祷をする事を勧めておるのじゃ。神の加護によって安全な旅行を楽しもう……と言う訳じゃな。
効果の程は分からぬが、旅行前には教会で旅行祈願をするのが、習わしとなって根付いておるのじゃよ。
ちなみに、シスターは無償で行っているそうじゃ。いやはや、シスターはやはり聖女じゃのう。
「……あの二人、いつの間にか進展してたのよ」
リファリスが清めの湯浴みに行っている間、私はリジーと何気ない会話をしていた。
「……うらまやしい」
「それを言うなら羨ましい、でしょ。どういう言い間違えよ」
そうは言いつつも、私自身も羨ましさは感じる。
「……どうやったって、リファリスが旅行に行く訳無いもんね……」
「激しく同意。リファリスは絶っ対に行かない」
そう言って二人してため息を吐いた。
「……かと言って……」
「……かと言って……」
目の前のライバルと旅行に行くなんて……。
「……無いわ」
「……無いと思われ」
あら、気が合うわね。多分、同じ事を考えていたわよ。
……パタパタパタパタ!
「ん? 足音?」
「これはリファリスの」
確かにリファリスのそれね。しかも、裸足?
パタパタパタパタバァァン!
「大変ですわ!」
「「リ、リファリス!?」」
何とリファリスは、バスタオルを巻いただけの姿で飛び込んできた。眼福だけど。
「な、何があったの!?」
「たった今、『神託』が起きました!」
し、神託?
「あの二人を旅行に行かせるのは危険ですわ!」
「あの二人って……たいちょーと司書さん?」
「そうですわ! どんな手を使ってでも、阻止しますわよ!」
半裸でまくしたてるリファリスを見ながら私は、ふと考えた。
これ、リファリスと一緒に旅行に行けるチャンスじゃない、と……。
次回、リファリスを旅行に引きずり出せるか!?
リブラを応援したい方は、評価とブクマでお願いします。