捨て子と撲殺魔っ
これで聖女リファリスの事は分かってもらえたじゃろ。この世界では数名しか使えない、と言われる「復活魔術」をマスターしているだけでも聖女認定確実なのじゃ。
それはさておき、教会に新たなお客が来たようじゃの。
「おはようございます、おはようございます」
「はい、今開けますので少々お待ちを」
何方様でしょうか、こんな朝早くに。
ガチャン ギィィ……
「はい、何かお困りですか?」
教会の重い扉を開くと、そこには……誰も居ませんでした。
「……悪戯でしょうか……あら」
そう思って扉を閉めようとすると、何か小さいものがわたくしの視界に入ります。
「…………」
「あらあら。何処からいらっしゃったの、お嬢さん」
それは茶色いくせっ毛を左右に束ねた、可愛らしい女の子だったのです。
「おはようございます、聖女様」
掃除中に必ず挨拶を交わす衛兵さん。今日はそれだけで終わりではありません。
「おはようございます。それから」
「はいはい、聖女では無いのですね。で、その女の子は?」
わたくしの法衣の裾を掴んで離れない女の子を見つけ、わたくしに尋ねてきます。
「実は……捨て子らしくて……」
「おやまあ、またですか」
衛兵さんの反応を見ていただければ分かるとは思いますが、わたくしの教会にはよく捨て子が連れ込まれます。
「はい。ですので……」
「いつものように孤児院で預かればいいのですね。分かりました、責任を持って連れて行きましょう」
そう言って衛兵さんに女の子を引き渡します。
が。
「いやーっ!」
女の子はわたくしから離れようとしません。
「ほーら、お友達になれそうな女の子もいっぱい居るから、ね?」
「いやーっ!」
衛兵さんが伸ばす手から逃げるように、わたくしの後ろに隠れてしまいます。
「あらあら、困りましたわね」
仕方ありません。いつもの手で。
「迷子の迷子の女の子ちゃん♪」
わたくしは女の子の前にしゃがみ込み。
「衛兵さんの言う事を聞かないと……」
背後に太陽光が差すように向きを変え。
「駄ぁぁぁ目ですよぉぉぉ?」
ニッコリ笑います。
「ひっ…………うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
ビックリした女の子は、わたくしから逃げるように衛兵さんの後ろに隠れてしまいました。
「これで連れて行けますわね、衛兵さん」
「シスター……それ、子供に嫌われますよ」
「大丈夫ですわ、二三日もすれば忘れて下さいますから」
そう言って今度は普通に笑いました。
朝の奉仕を終え、教会の扉に鍵を掛け。
「さあ、もう贖罪は終わりですわ。もうわたくしの手を煩わせてはいけませんわよ?」
「「「はい、お世話になりました」」」
例の男性達を解放してから、先程話に出た孤児院へと向かいます。
「さっきの女の子、馴染んでいれば良いのですが……」
少し心配になったわたくしは、買い物がてら寄る事にしたのです。普段から孤児院で奉仕をさせて頂く事も多いものですから、院長先生を始め顔見知りの方ばかりですので安心ですわ。
「あ、シスター様だ!」
「シスター様だあ!」
わたくしを見つけた子供達が、早速走り寄ってきます。
「シスター様シスター様!」
「遊ぼー遊ぼー遊ぼー!」
「はいはい、皆良い子にしてましたか?」
「「「はーい!」」」
わたくしの問い掛けに元気に応える子供達。うふふふふ、可愛らしいですわ。
「これはこれはシスター・リファリス。いつもありがとうございます」
そう言って内から出ていらっしゃったのは、この孤児院の院長先生です。
「何を仰いますの、院長先生。主に仕える者にとって、これは当たり前の事ですわ」
「……ですがシスター、あまり無理をなさらないで下さいね。普段の奉仕だけでも充分にお忙しいでしょうに」
「いえいえ。子供達の笑顔を見るだけで、疲れなど吹っ飛びますわ」
「シスター……」
「ねえねえ、シスター様! 遊ぼうよ!」
「えっとね、かくれんぼ!」
「違うよ、おままごとよ!」
「駄目だよ、鬼ごっこ!」
「はいはい、順番ですわよ、順番」
そこで院長先生との会話は途切れ、わたくしは子供達に囲まれたのでした。
「すう……すう……」
「シスター……様ぁ……くぅ……」
遊び疲れた子供達がお昼寝をすると、わたくしはそっと部屋を抜け出しました。
「シスター、ありがとうございました。お茶が入っておりますので、休憩なさいませんか」
「はい、頂戴しますわ」
絵本の読み聞かせで喉がカラカラでしたし、水分が欲しかったところです。
「……シスター、ここを訪ねてみえたのは……」
「はい、朝の女の子が気になりまして」
遊んだ子供達の輪の中には、あの女の子は居ませんでした。
「まだ別の部屋に居ますわ。すぐに打ち解けない子も多いですから」
これだけの数の子供達に溶け込むには、二の足を踏んでしまう子もやはり居ます。そういう子の場合は大人がしばらく付き添うのです。
「あの娘、余程お腹が空いていたんでしょうね。お昼ご飯もおやつも綺麗に食べてしまいました」
「そうでしょうね。わたくしの朝ご飯まで全て食べてしまいましたから」
「あらまあ、うふふふふ」
院長先生はクスクスと笑い、わたくしもそれに釣られて笑い出してしまいます。
「……シスター……申し訳無いんですけど……」
「はい?」
「子供達と遊ぶ際、にらめっこの時に笑うのだけは止めておいて下さいね」
え?
「シスターとにらめっこした子達、皆夜泣きが酷くなっちゃって……」
そ、それは……申し訳ありませんでした。
夕方近くまで院長先生とお話をしてから、わたくしは教会に戻る為に席を立ちます。
「シスター、良ければ夕飯を食べていきませんか?」
え?
「ついでと言っては何ですが、食事前のお祈りを見せてあげたくて」
ああ、子供達にですね。
「朝ご飯が食べられなかったんですから、その分を食べていって下さい」
「まあ……そういう事でしたら、ご相伴にお預かりします」
「はい。子供達も喜びます」
「鶏肉のソテー、大変美味しかったですわ」
「シスターのお口に合ったのでしたら幸いです」
質素倹約を教義に掲げる聖心教ですが、たまににならこういう食事も許されます。
「シスター様、一緒にお風呂入ろうよー!」
え。
「シスター様、流しっこしようよー!」
「シスター様、入ろー!」
「あ、あの……」
「クス、シスター、入っていかれては?」
「で、ですが……」
「いつもは行水でしょう? たまには身体を温めないと、参ってしまいますよ」
そう……ですわね。
「分かりました。では……」
「やったー!」
「いこいこー!」
「え、ちょっと、押さないで下さいまし!」
狼狽えるわたくしを、院長先生はにこやかに見送られました。
ふっふっふ、これがあるからワシャ辞められんのじゃ! さあ、シスターの入浴じゃぞい!
「わー、シスター様綺麗!」
「わー、シスター様おっきい!」
……あまり触らないでほしいのですが……。
「はい、身体を洗いますわよ。皆、タオルは持ちましたわね?」
「「「はーい!」」」
わたくしが身体を洗うのを見て、子供達も真似して洗います。これも授業の一環なのでしょうね。
「……あら……」
そんな中、あの女の子は早々に身体を流すと、湯船へと戻っていきました。
そして、わたくしはその背中に押された烙印を見逃さなかったのです。
「……あの烙印は……!」