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聖女様の閑話

 私が物心をついた時には、既に彼女はすぐ側に居た。


「おにーさま、まってー!」

「あはは、はやくおいでっ」


 私を「おにーさま」と呼んで慕ってくれる、妹のような存在。小さい頃は、そんな言い方がピッタリな間柄だった。


「ねえ、一緒に帰りましょうよ」

「ああ。と言うより、待っていたんだがね」

「え、あ、ありがとう」


 年月が経つにつれ、彼女の存在が自分の中でドンドン大きくなっていった。



 だが。


「娘が! 娘がああああああああ!」

「おば様、落ち着いて下さい!」


 私がたまたま本屋に立ち寄って離れた間に、彼女は誘拐されたのだ。


「何故、何故貴方が付いていながらぁぁ!」

「よしなさい! 彼は悪くないだろう!」

「貴方が、貴方が娘を守ってくれたなら、わあああああああ!」


 ……その通りだ、私がしっかりしていれば、彼女は攫われる事は無かったんだ……。

 その考えに囚われた私は、せっかく合格していた神学校を辞し、警備隊の門を叩いた。

 彼女を探す為に、また、彼女のような被害が再び出ないようにする為に。



 それから三年後。

 私もようやく一人前に仕事ができるようになった頃、彼女が保護された、という知らせが届いた。


「ああ、神様……ありがとうございます……!」


 主に感謝の言葉を唱えながら、保護されている施設に向かい、彼女に面会を求めます。


「貴方……! 何をしに来たの!」

「やめなさい……久し振りだね」


 そこには、あの日以来私を目の敵にするようになった彼女の母親と、何かと私を気遣ってくれる父親。

 そして。


「こ、来ないで、来ないでよ! 今更助けに来たって遅いんだよ!」


 目の前の私を、色々な物を投げて追い払おうとする、すっかり変わってしまった彼女。



 それから、彼女の母親に幾度となく罵倒され続けたが。


「……お兄様……」


 彼女に元気になってもらいたい、と願って毎日のように彼女の元へ通った。少しずつ元の関係性を取り戻しながら、私と彼女は再び同じ時を歩き始めたのだった。


「お兄様、ありがとう……私、もう少ししたら、外に出るね……」


 少しずつ、少しずつ、毎日の努力が実を結び、いい方向に進み始めた頃……。


「……見つけた!」


 彼が、現れた。



 彼は誘拐組織の元メンバーで、捕まっていた彼女と共に逃げ出してきた男だ。つまり、彼女を助けた人物。

 誘拐組織に関わっていた、という事で尋問の対象となり、今まで彼女に会えずにいた……らしい。


「ああ、ルドルフィ!」


 彼女はそう叫ぶと、ルドルフィという名の青年の胸に飛び込んでいった……。



 古来から、捕まった者と捕まえた者が心を通わせる事例があった。

 ルドルフィと彼女はまさにそれで、捕まっていた間に交流が生まれ、やがてそれは男女の関係へと発展したらしい。


「あらあら、こんな素敵な男性を見つけてたのね。これでやっとあの役立たずとお別れね」


 私を憎むようになっていた彼女の母親は、早速ルドルフィを公認し、私を排除し始めた。


「っ……申し訳無い。流石にあのような男性が現れたとなると……」


 唯一私に味方してくれていた彼女の父親も、世間体を気にして私が来る事を敬遠するようになった。


「ルドルフィったら、お兄様とはまるで違って紳士なのよ、ウフフ」

「彼女の幼なじみか知らないが、いい加減に諦めたらどうだ。男は引き際が肝心だぞ?」


 ……当時の私は、ここまで言われて耐えられる程、精神的に強くは無かった。


「ぐあ……!」

「ルドルフィ!? お、お兄様、何て事を!」


 一発殴り、憎しみの籠もった目で二人を睨み付けると、私はその場を後にした。



 それ以来私は、彼女と逢う事は無かった。



「……お兄様!」


 それから幾年も過ぎ、彼女の存在も単なる思い出と化してきた頃。


「……ロロ?」


 彼女……ロロと再会した。


「ああ、お兄様……いえ、ジョウ、久し振り……元気そうで何よりだわ」

「……ああ」


 望まない再会だった。あんなに綺麗だった筈のロロは、すっかり老け込んでいた。


「実はルドルフィがね、職場での喧嘩が原因で、警備隊に捕まっちゃったの」


 ……ああ、そう言えば、手癖の悪い男が新しい職場で乱闘騒ぎを起こして、相手を怪我させたっていう事件が報告されてたな。よくいる常習犯だが、知り合いと名前が同じだったから、何となく覚えていたのだ。


「……それで?」


「ジョウ……お兄様は警備隊のお偉方よね? だから」

「言っておくが、その男を釈放してくれと言われても、無理だからな」


 冷たい私の態度に怯えの色を見せるが、それを隠して再び微笑むロロ。


「ち、違うわ。あんな男を選んだ私が馬鹿だったの。だから……お兄様……私ともう一度」


 自分の胸を私の腕に押し付けてくる。


「…………」


 あああ……本当に変わってしまったんだな、ロロ……。


「お待たせしました、隊長さん…………あら、その方は?」


 待っていた声が聞こえると、私はロロの手を振り解き、彼女の側に行く。


「単なる幼なじみさ。では行こうか」


 待ち人を手を繋ぎ、この場を離れようとすると、ロロが哀しげな声を私にぶつけてきた。


「だ、誰よ! 誰なのよ、その女!?」


 歩き始めた足を止め、私は彼女に……ロロに冷たい視線を向ける。


「その女、等と称される云われは無い。彼女……フレデリカは私の大事な人だ」

「そ、そんな……そんな!!」


 戸惑うフレデリカの手を握り直し、私は再び歩き始めた。



「あの……良かったんですか?」

「何がだい?」

「彼女……泣いてましたよ」

「……昔の話さ、全てね……それより司書さん」

「司書ではなく、名前で呼んで下さい。フレデリカ、と」

「あ、ああ、済まない。どうも癖が抜けなくてね」

「お願いしますよ、隊長さん?」

「……君も隊長では無く、ジョウと呼んでくれないか……」



「あら、隊長さんと司書さんですわ」


「あ、本当ね。相変わらずお熱いみたいで……って、あの後ろで悲劇のヒロインしてるの……」


「あれは市長様の娘さんですわね」


「ああ、あの痛い噂が絶えない、あの……」

ジョウ、ロロはあるゲームの主人公のオマージュです。女性は三大○○の一角ですね。

で、フレデリカは……いい感じにもじれなかったので、そのまま名前を使わせてもらいました。ちなみに、不敗の名将の奥さんではありません。


明日から新章です。

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