大成功な撲殺魔っ
あれで上手くいったと判断するのじゃな……シスター、それはあまりにも楽観的すぎると言うもんじゃ。
この後の展開、はっきり言えば諜報部隊長の心持ち一つじゃぞ。下手すれば、シスターの身辺にまで捜査の手が及ぶやもしれぬ。
今回の件、非常に危うい橋を渡っておると言わざるを得ない。さてさて、どうなるやら……。
「ねえ、リファリス」
食後の紅茶を手に、暖炉前でリブラがわたくしに問い掛けてきます。
「何ですの?」
「分かってるんでしょ?」
「……何が、ですの?」
リブラは啜っていた紅茶から唇を離します。
「自分の、立場よ」
ああ、その事ですの。
「別に何ら問題はございませんわ」
「え?」
何が言いたいのか、うっすらと理解したわたくしは、リブラに微笑んでみせました。
「わたくし、俗世の立場というものに、何の意味も感じておりませんもの」
「……はい?」
「今回の事が原因で聖女認定を取り消されようが、聖心教から破門されようが、わたくしが変わる事はございません」
「リ、リファリス?」
「大事なのは地位でも名誉でもありません。わたくし自身の心持ちです」
「心持ち?」
「崇める神が違ったとしても、その教えをどのように自らが加味し、周りに対する善行に繋げられるか、それが大事なのです」
「そ、そりゃそうだろうけど……いいの? 自分が信仰する宗教を否定するような事言っちゃって」
「別に構いませんわ。今この場の会話に聞き耳を立てている方がいらっしゃらないのは、リブラが保証してくれますでしょ?」
「そ、それは、まあ……」
「……それとも……リブラがわたくしを告発しますの?」
カチャン!
それを聞いたリブラが、やや乱暴にカップを置きました。
「私がリファリスを売るっての!?」
「分かってますわ。そんな事をする筈がありませんものね」
「……っ……だったら」
「わたくし、リブラを信頼しておりますから」
そう言われた途端、更に重ねようとしていた言葉をリブラは引っ込めました。
「し、信頼……」
「ええ。今現在、わたくしの背中を預けられるのは、リブラとリジーだけでしてよ」
「……リファリス……」
「そこまで信頼しているリブラですもの、わたくしを売る筈が無いと、ちゃんと分かっていますわ」
そう言われたリブラは、わたくしの背後から近付き。
ギュッ……
キツく抱き締めてきたのです。
「……リファリス……信頼なの?」
「はい?」
「親愛じゃなくて」
「……どちらでも構いませんわよ?」
更にギュッと、力が入ります。
「なら、『親』も取っちゃって、『愛』だけにしてよ」
「愛……ですか」
リブラの手が、わたくしの服の中に……。
グォンッ!
「ぴぎゃあ!?」
キツーい拳骨を食らい、リブラがよろけます。
「調子に乗らないで下さいまし。肌を許すとまでは言ってませんわ」
「いた、いだ、いだあああい!」
段々と膨らんでくるたんこぶを押さえながら、リブラが涙目で抗議してきます。
「あ、愛があるなら、良いじゃないのよ!」
「あら、リブラの一方通行な愛だけで、わたくしをどうにかできるとお思いですの?」
「ぐっ……」
「わたくしと肌を重ねたいのであれば、自身の努力でわたくしからの『親愛』から『親』を取りなさいな」
「ぐ…………ぜ、絶対に取ってやるんだから!」
リブラはプイッと暖炉の方を向いてしまいました。
ふふ、それくらいでむくれているようでは、まだまだわたくしを靡かせる事はできませんわよ。
コンコンッ
「あら、お客様ですわね」
この時間でしたら……あの方ですか。
「……二人分の気配を感じる。一人は相当な使い手だよ」
そっぽを向きながらも、リブラがそう教えてくれます。
「でしたら、わたくしの想像通りですわね……あら、こんばんは」
扉を開いた先には、司書さんと諜報部隊長様が立ってらっしゃいました。
「シスター、毎回ですが、遅くにごめんなさい」
「司書さんに開かない扉はございませんわ。ささ、中へどうぞ」
司書さんも隊長様も、少し柔らかい空気を漂わせています。これは……。
「司書さん、想いが届きましたのですわね?」
「は、はい。お陰様で」
司書さんの手が隊長様の元に伸び、それをしっかりと握り返されます。
「つまり、隊長様は全てを知った上で、受け止めて下さったのですね?」
「はいっ」
司書さんは今までに見た事が無いくらい、幸せそうな笑みを浮かべています。
「あの、シスター、今回の件は」
「はい。何も知りませんし、何も見ておりません」
「……そう言って頂ければ私もありがたいです」
隊長様ならそうなさるだろうと践んでいましたが、やはりそうなりましたわね。
「では、今日いらっしゃったのは、式のご予約ですの?」
式、という言葉を聞いた途端、司書さんが顔を真っ赤に染められました。
「そそそそんなのはまだまだ先でっ、まだ付き合い始めたばかりでっ」
「あら、そうなんですの、隊長様?」
「いえ、お付き合いを始めた以上、結婚を前提としています」
「えええええええっ!?」
飛び上がる勢いで驚かれる司書さん。反応がまだまだウブですわね。
「あら、司書さん、宜しいじゃありませんの。それだけ真剣だという事ですわ」
「そそそそそうなんですけど……」
「それとも……隊長様とのご結婚に不満が?」
「ふ、不満なんて有る訳無いです! 拙者には勿体無いくらいの御仁でっ」
「なら良いじゃありませんか」
「っ……はい」
まあ、年の為に釘は刺しておきますが。
「この町のロードとして命令します! 来年の今日、聖リファリス礼拝堂にて、必ず挙式をしなさい!」
「は、必ずや!」
「わ、分かりました!」
これでめでたしめでたし、ですわね。
閑話を挟んで新章になります。
また、高評価・ブクマを頂ければ、隊長と司書さんの名前が判明します。




