事情を察する撲殺魔っ
ついにシスター出陣じゃな……これは血の雨が降るじゃろうて。
しかし司書さん、どこへ行ってしまったのじゃろうな……。
「へ……へへ……お、俺は幸せ者……」
「あは、ははは、ははは……」
……どうにか口車の術が間に合い、拙者を攫った男達は存在せぬ美女と戯れている。
「はあ、危なかった。もう少しで貞操の危機に陥るところだった」
落ち忍とはいえ、元は忍者。こんな暴漢如きに大事なものを奪われる訳にはいかない。
「とにかく……ここから出よう」
既に解かれて、見せかけだけになっていた拘束を外し、監禁部屋の扉から廊下を窺う。
コツ……コツ……
口車にかかった見張りが歩いているだけ。拙者が目の前を通っても、認識できないようにしてある。
「これだけの状況を整える為に、一週間もかかってしまいました……」
準備は万全。後はあの御方が拙者を探しに来て下されば……。
「………………しまった。どうやってあの御方に来て頂ければいいの!?」
最終工程に時間をかけ過ぎて、どうやってこの場にあの御方を呼び寄せるかを考えてなかった……!
「しまったああ……!」
拙者が落ち忍となってしまったのも、こういった手際の悪さが原因だったと言うのに、何も学べていない……!
「く……! ど、どうすれば……!」
「……こういう事でしたの」
下町で聞き込みを続けていましたら、アッサリと司書さん誘拐の話が飛び込んで参りました。
「アッサリ? 三回は撲殺されてたよね、あの小悪党」
最後は泣いてすがりついてきましたので、蹴り飛ばしてやりましたわ。
「監禁場所に急行してみれば、様子がおかしい犯人達が虚ろな目でブラブラしてるだけ。潜り込んで探ってみれば、打ちひしがれる司書さんが一人」
誘拐に関しては本当に偶然、そこから先は司書さんの口車の術による自作自演……という事ですのね。
「しかし、何の為の自作自演?」
「さっきから連発してる『御方』が原因と思われ」
御方……相談の際に何度か出てきましたわね。
「このままでは埒が明きませんわ。手っ取り早く、本人に聞いてみましょう」
「え、リファリス?」
わたくしは潜んでいた天井裏で、フルパワーで杖を振り下ろしました。
バガアアアアン!
「っ!!!?」
突然天井が崩落し、壁に身を寄せる事しかできなかった。
パラパラ……
「埃が邪魔ですわね。『室内を清浄に』」
ブワッ
聞き慣れた声だと理解した瞬間、室内に蔓延していた砂埃が一瞬で消えた。
「な……ま、まさか」
声の主は拙者を見つけると、ニッコリと微笑まれ。
「ご機嫌よう、司書さん。お話を聞かせて頂けますわね?」
有無を言わせぬ得体の知れない迫力に、拙者は頷くしかなかった。
「まずは司書さん、先程から仰っていた『御方』とは何方ですの?」
その質問には、頬を赤くして答えられました。あら、可愛い反応。
「ちょ、諜報部隊の……」
諜報部隊と聞いて、すぐにリジーに視線を向けます。
「……私、貴女は好みじゃない」
「違います」
速攻で否定され、安心したのか落胆したのか、複雑な表情のリジーが印象的です。
「あの、隊長さんが……」
え、あ、諜報部隊長様!?
「あの方に恋慕されていたんですの!?」
「……っ……そ、そうです」
あら。あらあらあら。
「素晴らしいじゃありませんの。あの方でしたら、文句のつけようがありませんわ!」
あの若さで部隊長に任命された優秀さ、そしてあの人当たりの良さ。性格も申し分ありませんわ。
「そうですわね、リジー?」
「まあ…………確かに、上司としては優秀。但し、見た目はB-」
見た目は……まあ……十人並み、と言ったところでしょうか。
「な、何を言うのよ! あの御方の中途半端に薄い眉、絶妙に生やされた無精髭、いつも眠たげな瞳、似合わないニヒルな笑み……全てが拙者の好みに刺さりまくってます!」
誉めているのか貶しているのか、どちらなのでしょうか。
「あの特殊メイクは一般人に紛れ込む為の、隊長の努力の表れ」
特殊メイクですの!?
「な、ならば、実際は超美男子!?」
「……いや、やっぱりB-」
十人並みですのね。
「それより、この状況はどうしますの? 下手したら狂言誘拐として、貴女が捕まりますわよ?」
それを聞いた司書さん、顔色が真っ青になりました。
「あああ、犯罪歴がついてしまったら、あの御方に見向きもされなくなる!?」
それは……隊長様次第ですわね。
「でしたら、貴女の計画をそのまま進行させましょう」
「拙者の……計画を?」
「はい」
わたくしはニッコリと微笑みながら、手錠を拾いました。
「たいちょー、見つけたなりー」
リジーの何故か棒読みな案内で、私は下町の大きな廃屋に来た。
「この先に司書さんがー……今だ、リファリス」
何故シスターの名前を?
「……合図ですわ。司書さん、叫んで!」
「は、はい! いやあああああああああ!」
ビリビリ!
手錠で拘束してあります司書さんの代わりに、胸元を大きく裂いてから、天井裏に戻ります。
「上出来ですわ!」
ドンッ ドンッ バァァン!
リジーと二人で扉を壊し、中に侵入すると。
「う、うへへへ……」
「美女、美女ぉぉ……」
空中を見上げて、怪しく笑う暴漢が二人。
「しまったあ、この二人を忘れてたあ…………あたたたたっ!」
ゴンガン!
「「ぶべっ」」
リジーが容赦無く薙ぎ倒す。
「おい、忘れてたって何を」
「あーー、司書さんが襲われてたみたいですーー」
再び棒読みなリジーが指差した先には、胸元を裂かれて泣いている司書さんが!
「ご、ご無事でしたか!」
上着をかけてあげると、司書さんは更に涙を流し。
「た、隊長さん! 隊長さああん、怖かったあああ!」
私の胸の中で泣き始めたのです。
「……リジーに比べると、司書さんは役者ですわね……」