新たな決意の撲殺魔っ
「……そんな成り行きで聖心教って成立したのかよ……」
「新参者のウチから見ても、ハッチャメチャやなあ」
ハチャメチャですわよ。教典を作ったわたくしが言うのですから、間違いありませんわ。
「でも……そんな秘密抱えて、よう平気に振る舞っとったなあ」
「秘密?」
「成り立ち知っとるのに、敬虔な信者を装うって、なかなか難しいで」
……ああ、そういう事ですか。
「それは勿論、わたくしとて不可能な事ですわ」
「……は?」
「ですから、聖心教の成り立ちに関わっていながら、敬虔な信者で居る事など、わたくしには不可能だと言っているのです」
「…………はへ?」
「だ、だって、リファりんは……普段は……」
そうですわね、普段のわたくしは敬虔な信者であり、聖女です。
「ど、どういう事なん?」
「つまりこれが、わたくしが封印しているものですわ」
「シスターが……」
「封印している、恐ろしいもの?」
「わたくしはこの屋敷の敷地内に、わたくしの記憶を封印しているのです」
「「……はい?」」
「わたくしはここに居る間だけ、聖心教の真実を認識できるのですわ」
『頑張って聖心教を広めてね、聖女ちゃん』
「ま、待って下さいな! わたくし、聖女になんてなれませんわよ!」
突然聖女になれだなんて……!
『言ったでしょう、それも貴女の贖罪だって』
「贖罪は分かりました。わたくしが今まで行ってきた愚行は償います」
『だったら』
「そうではなく! 教典を作った張本人であるわたくしが、聖心教を信仰できる筈がありませんわ!」
そう言われてパルプンテシア様はようやく理解して下さったようです。
『確かにねえ……自分で作ったものを元に教えを広めるなんて、余程の厚顔じゃないと無理よねえ』
「流石のわたくしでも、そこまで恥知らずにはなれません」
……しばらく静かになったパルプンテシア様は、突然手を合わせられ。
『良い事を思いついたわ。貴女が忘れちゃえばいいのよ』
……は?
『だから、貴女が教典を作った記憶を、消しちゃえばいいのよ』
記憶を、消す!?
「か、勝手にわたくしの頭の中を弄るつもりですの!?」
『忘れちゃうのが一番じゃない』
ひ、他人の記憶を何だと思ってるんですの!?
『うん、思いついたが吉日よね。じゃあ「記憶操作」』
「待って待って待って! それは勘弁して下さい!」
『ちょ、何で途中で止めちゃうのよ?』
「先程も言いましたが、記憶を弄られるのは御免被りますわ!」
『え、でも術は発動しちゃったわよ!』
「え…………い、いえ、わたくし、ちゃんと覚えてますわよ?」
『えっ』
「えっ」
「……結果として、わたくしは記憶を完全には失いませんでした」
「よ、よく分かんないんだけど」
「わたくしはこの敷地内でのみ、記憶を失う事を免れたのです」
『はぅあああ、駄目だわ。もう戻せない』
「戻せないって、どういう事ですの!?」
『私が使う魔術はね、「世界」そのものに作用するのよ』
世界そのものにって。
『だから、この館内には影響が及ばなかったのよ』
え?
『貴女が張っていた結界よ!』
あ、あー……。
「夫婦喧嘩の声が漏れないように、館周りに張った防音結界ですわね?」
『な、何で防音結界が世界からの浸食を防いじゃうのよ!?』
おそらく、わたくしが途中で阻止した事が原因かと。
『いえ、いくら妨害があったとは言え、私の世界魔術が阻まれるなんて……』
世界魔術?
『そうよ。世界からの作用を跳ね返すなんて、しかも単なる防音結界が…………あり得ないのよ!』
あり得ないと言われましても……。
「あり得ないなんて、あり得ないんですわ」
『く、違う世界の名言を引用されるなんて……神としてはこの上無い屈辱だわ!』
神。
大変に失礼な物言いになりますが、神とはとても思えません。
『……ふ~ん』
キュッ
「はあああああああああああん!!」
『天罰じゃ』
そ、そんなフシダラな天罰がありますか!
『まあいいっ。貴女、聖女ちゃん認定』
「あ、あの、わたくしの意志は」
『贖罪』
ぐっ。
「わ、分かりました! 分かりましたわよ……贖罪として、聖女の役回り、ちゃんとこなして見せますわ」
『うん、よしよし。なら早速「やり直し」だあ』
やり直し?
『はい! ほい! はいぃ!』
……は?
「あ、あの?」
『ああ、世界魔術で時間を戻したわ』
え?
『ここを出たら、旦那さんを撲殺したところから始まります。そこからやり直しなさい』
やり直しって、え、えええ?
『この館を出た瞬間から、ここでの記憶は消えます。が、聖女認定された事によって、貴女の心は少しだけ変化しました』
「え、えっと、つまり?」
『領民に優しくできる筈よ』
ほ、本当にやり直せるんですの?
『貴女自身、色んな教典に触れた事によって、思うところがあったんじゃない?』
そ、それはまあ。
『だったら、それを実践すればいいだけだよ……頑張って♪』
ドンッ!
「え、わわ……」
「奥方様?」
「え? あ、あら?」
こ、ここは……。
「どうかなされたのですか?」
ここは……わたくしの館……ですが。
「……ここは……もう使うのを止めましょう」
「はい?」
「ここは……主人の墓標ですから」
「だ、旦那様の、ですか」
それだけでは無く、何か恐ろしいものが居る気がします。
「離れを本拠地とします。急ぎ準備をお願い致します」
「か、畏まりました」
こうして、わたくしのやり直し人生が始まったのです。




