お悩み相談と撲殺魔っ
公立図書館の司書さんが初めて教会にいらっしゃったのは、一週間前の今日と同じくらいの時間でした。
「今日はリブラが居ませんから、早く夕飯を済ませて片付けてしまいましょう」
掃除中に見つけた「偉人痛快伝」を久しぶりに読んでみたくなったのです。うふふ、この本とても可笑しくて、昔のお気に入りだったのです。
「フンフンフフーン♪」
夕飯のメニューは簡単なものにして、早く後片付けしてしまって……。
コンコン
ん?
「こんな時間にお客様?」
外は春とは言え、まだまだ寒い時期です。しかも日は沈んでいますから、暖房が必要なくらい冷え込む時間帯なのですが……。
「はいはい、ちょっと待って下さいね」
手を洗ってから、急いで玄関に向かいます。
コンコン
「お待たせして申し訳ありません。今開けますね」
念の為、聖女の杖を片手に鍵を開きます。妙な事を考える殿方が押し掛けてきたのも、二度や三度ではありませんから。
ガチャ ギィィ
ドアを開いた先に立っていたのは、寒そうに少し震えている女の子でした。
「よ、夜遅くにごめんなさい。貴女が聖女様で間違いありませんか?」
「……過分にも聖女の名乗りを許されている身ではあります。ただ、わたくしがそれに相応しいかは別問題ではありますが」
「あ、そうでした。確か聖女と呼ばれるのを嫌っていたんでしたね……ならばシスター、とお呼びすればいいですか?」
「はい、その方がわたくしもありがたいですわ」
女性を中に招き入れ、ドアを閉じます。念の為、聖女の杖を握ったまま。
「それで、どのようなご用件ですの?」
「あ、はい、実は……先日シスターがお借りになった本なのですが……」
借りた本? サツマイモのレシピ集ですわね。
「申し訳ありません。まだ開いても無いものでして、返却は少し待って頂ければ」
「あ、違うんです。実は中が入れ替わっていたんです」
はい?
「何方かの悪戯らしいのですが、表紙と中を入れ替える事案が発生していまして」
「あ、わたくしの借りた本も?」
「はい。そ、その……いかがわしい内容のものと……」
あら。
「それは不味いですわね。明日にでも返却」
「あ、その必要はありません。今拙……私が持参しました」
まあ、それは助かりますわ。
「でしたら早速持って参りますわね」
わたくしは急いで私室に行くと、ベッド脇に置いたままにしてあったレシピ集を手にします。
「ああ、嫌だ嫌だ……見たくもありません」
わたくし、こういう書物は好きではありませんわ。
「お待たせしました。これですわね」
「はい、早速中身を拝見…………はい、確かに『好色な女の日常』ですね」
……聞くだけでも虫酸が走る題名ですわね。
「これに、『サツマイモの隠しレシピ』を戻して……はい、シスター、大変申し訳ありませんでした」
恐る恐るページを開いてみると、ちゃんとサツマイモのレシピが載っていました。
「ありがとうございました。明日の休息日に早速試してみようと思ってましたの」
もし中身を知らずに明日を迎えていたら、と思うとゾッとしますわ。
「間違い無くサツマイモと本とキッチンを撲殺……いえ、撲破していましたわね」
「はい?」
「あ、何でもありませんわ」
受け取った本をテーブルに置くと、仕草で中にお招きします。
「え……」
「寒かったでしょう? 温かいお茶は如何ですか?」
「あ、いえ、拙……私は仕事で来ただけですので」
「まだお仕事中ですの?」
「あ、いえ、後は帰るだけですが」
「でしたら是非温まっていって下さいな。司書さんのお陰で、わたくしは不快な思いをせずに済んだのですから」
そう言われた司書さんは、寒そうに外を見てから。
「……なら、少しだけ」
そう言って少し微笑まれたのです。
「あら、その本でしたらわたくしも読みましたわ」
「シスターもですか!? あれ、興味深いですよね」
その後、本のお話で盛り上がり、いつの間にか夜が更けていました。
「あ、拙者ったら、こんな時間まで」
「ご用事がお有りでしたの? ならお引き留めして申し訳ありませんわ」
「あ、いえ、この後は本当に家に帰るだけでしたから」
なら良いのですが。
「それでは時間が時間ですので、そろそろ失礼します。夜分遅くまで申し訳ありませんでした」
「いえいえ、大変楽しい時間でしたわ……それより」
わたくしは表情を真剣なものに変えます。
「貴女、何か悩まれていません?」
「はい?」
「先程から、何か思い詰めているご様子で」
「え? べ、別に悩んでは……」
「それに、一人称が『私』から『拙者』に変わってましてよ?」
「えええっ」
「貴女、何を悩んでらっしゃるんですの? わたくしで良かったら、相談に乗りますわよ?」
「あ、いえ、別に悩む程の悩みではありませんので、拙者失礼します!」
そう言うと、司書さんはご自分の荷物を急いでまとめて。
「では、これにて!」
駆け出そうとして。
「え、司書さん、ちょっ」
タタタタバァァン!!
ギギギィィ……バタンッ
「ふ、ふげぇ……」
ただでさえ建て付けの悪かった玄関ドアは、司書さんの渾身の体当たりによって、とどめを刺されたのでした。
「申し訳ありませんでした! 申し訳ありませんでした!」
「まあ……宜しくてよ」
修理にかかる費用を考えたら胃が痛いですが、いつかは直さなければならなかったものですから。
「べ、弁償します!」
「あ、大丈夫ですわよ」
「いえ、そういう訳には」
「大丈夫です」
「拙者、そのような不忠を働く訳には参らぬ。どうか、意を汲んで下さらぬか」
あら、また喋り方が?
「貴女……もしかして、忍者さん?」
忍者さんの容姿が知りたければ、高評価・ブクマを頂ければ、次回脱ぎまぶぐぁっ!?




