到着する撲殺魔っ
今回は大幅に予定が狂ってしまっているので、かなり先を急ぎました。
そして。
「……ああ、隠れ騎士の三本杉……」
昔、領内に帰ってくる度に、戻ってきた事を実感させてくれた三本杉……まだ残っていたのですね。
「隠れ騎士?」
「この領の伝説です。モリーは〝無傷の騎士〟様はご存知ですか?」
「当たり前だよ。ガキん頃は無傷の騎士の本ばっか読んでたな」
そう。この大陸では英雄として崇められる騎士、スカー卿。色々と逸話がある方ですが、特に有名なのが「生涯を通して、一度も敵から傷を付けられなかった」というエピソードでしょう。
「実は無傷伝説にまつわる逸話が、あの三本杉にあるのです」
「え?」
「伝説によると、ある日スカー卿は弟子との訓練中に、事故で傷を負ってしまったんだそうです」
「はあ!? 傷無しがかよ!?」
「はい。責任を感じた弟子は、この地で毎日主に祈りを捧げ、贖罪をしていたとか」
「いくら傷無しに傷付けちゃったからって、そこまで思い詰めんでも……」
それはわたくしも同じ思いですわ。
「そんな日々が十年近く続き、ある日弟子は主の御声を聞きます」
「十年も!? 責任感じすぎだろ!」
「主は仰れました。弟子の願いを叶えようと。その騎士に付いた傷を、杉に変えてあげようと」
「待て待て待て。何で傷が杉の木になるんだよ?」
そこは突っ込んではいけませんわ。
「すると弟子が付けてしまったスカー卿の傷痕が消え、ここに杉が芽吹きました」
「ま、良かったんじゃねえか?」
「それが何故か、一本しか芽吹かない筈の杉は、三本芽吹いたのです」
「え? それって、まさか……」
「実は過去に二回、傷痕になるような傷を受けていたのです」
「ありゃりゃ。実は傷無しじゃなかったってか」
「おそらく異名が知れ渡りすぎて、傷を受けた事実を公表できなくなっていたのでしょうね」
「うーん、何とも人間くさい話だな」
「三本の杉を見たスカー卿は、自らの行いを恥じ、姿を消してしまったのだとか」
「それで隠れ騎士の三本杉なのかよ……確かにスカー卿はリフター伯爵領で隠居したって聞いてたけど」
「実は行方不明になった、というのが真相のようです。ですから隠れ騎士、と呼ばれているのですわ」
「へええ」
……三本杉を過ぎたという事は、ついに戻ってきてしまったのですね。わたくしの因縁の地、旧リフター伯爵領に。
しばらく進みますと、道自体がバリケードで封鎖されていました。
「何や、行き止まりやで」
「大丈夫ですわ。大司教猊下から許可は頂いてますので……えい!」
バガア!
杖の一振りで、バリケードを吹き飛ばします。
「……バリケードよりも、人の頭を殴りたいですわ……」
「リ、リファりん……」
「さ、さあ、行こうぜ。道は開けたんだし……頼むぜ、熊公」
みゅんみゅんみゅーん!
熊公じゃないと抗議しながらも、ベアトリーチェは前に進み始めます。
「待って下さい。まだ魔術的封印もある筈ですわ」
「魔術的封印って……どんだけ厳重に封印してあるんや?」
「そんだけヤバいもんが、この領内にはあるのか?」
そうとも言えます。
バヂヂィ!
「……はい。封印は解きました。では参りましょう」
「どこへ行けばいいんや?」
「この道をまっすぐ進んで下さい。しばらく行けば、大きな館が見えてきますので」
みゅんみゅんみゅんみゅん♪
デンデンデンデンデンデン
荒れ果てた街道には、以前の面影は感じられません。
「全く人の手が入ってないみたいだな」
「それはそうです。わたくしが領一帯を封印してから、誰も入っていないのですから」
「封印したのはリファりんなん?」
「はい……正直言いますと、もう二度と封印を解くつもりはありませんでした」
「二度とって……ここには一体何があるんだよ……」
「ここには……わたくしの拭い切れない罪と、ある危険な存在が封印されているのです」
「屋敷って、あれか?」
「むっちゃ立派な屋敷やん。管理し甲斐がありそやな」
ああ、懐かしい。わたくしの住んでいた館。
「そのまままっすぐ進んで下さい。しばらく行けば、馬車止めがありますから」
残っていれば……ですが。
「放棄されとった割には、道は綺麗やな」
「一応『現状維持』の魔術はかけてありますから」
「……便利やな、魔術って……」
「わたくしのオリジナルです」
「言い直す。便利やな、リファりんって」
便利と言われましても、あまり喜べないのですが……。
「あったぜ。あれが馬車止めか」
「そうです。ライオンの口に立てかけて下さい」
「……悪趣味と言うか、何と言うべきか……」
「趣味が良かったとは言えませんわね」
派手なものばかり集めてましたから。
「あれ? ここ、リファりんの館やろ?」
「まあ…………一応は」
「やったら、リファりんが作らせたんちゃうの?」
「……わたくしの主人が作らせたのです」
「「…………はい?」」
「ですから、先々代のリフター伯爵が作らせたのですわ」
「いや、待って」
「確か、『わたくしの主人が』って……」
「そうですわ。わたくしの亡くなった主人が作らせたのです」
「「ええええええええええええ!?」」
「何です? わたくしが結婚していたのが、そんなにおかしくて?」
「い、いえ……」
「そんな事は……」
そう、ここは。
先々代のリフター伯爵とわたくしが新婚時代を過ごした館なのです。
リファリス、既婚。




