天罰と撲殺魔っ
この男、最初は金に釣られて店主の悪行を手伝っていたようじゃが、罪の意識に苛まれて耐えられなくなったようじゃ。
さて、シスターはどのようにこの男に対するのじゃろうな。
「……分かりました。貴方は主に許される事をお望みですか?」
そうわたくしに問われた男性は、小さく首を横に振りました。
「いえ、俺のような人間が許されて良いはずがありません」
「……つまり?」
「……罪を償いたいのです。だけど、どうすればいいか分からないのです」
罪を償いたい。しかし、どうすればいいか分からない。
「つまり、それをわたくしに望みたいんですの?」
「はい。現世で一番神に近い御方と言えば、やはり聖女様ではないかと思って」
「……何度も言いますが、わたくしは聖女などではありません」
そう言ったものの、男性は引き下がるつもりは無いようで。
「しかし! 俺より! 俺よりは! 神に! 神に近いはず!」
主に近いなどと、何と恐れ多い事を……!
「わたくしは、そのような立派な存在では」
「いえ、聖女様しか俺を救える人は居ません!」
「だから、わたくしは聖女では」
「いえ、聖女様です! 俺にとっては貴女様が聖女なんです!」
だから……。
「聖女様!」
だ・か・ら……。
「聖女様ああ!」
だからああああああああああ!
「聖女様! 聖女様!」
「わたくしは聖女様ではあり得ません!」
ゴスッ!
「ぶべっ!」
……あーあ……昼間っからやってしまいましたわ……。
「何度も言ったではありませんか。わたくしは聖女などでは無いと」
手にした杖で男性を殴り飛ばしたわたくしは、太陽光を遮る場所に移動します。
「あ、あんたは……」
太陽の光を背後に受け、黒く染まったわたくしの顔には……。
「あ、あんた……まさか……」
三つの、紅い月が浮かんでいました。
「うふふ……もう分かりましたわよね。わたくしが誰なのか」
「そ、そんな、あ、あんたが……」
目が笑い、口も笑う。だけどその色は深紅。
「うふふふふ、貴方が悪いんですのよ。わたくしを聖女と呼ぶから」
美しい笑い声をあげながら、ひたすら鈍器を振るう殺人鬼。
「わたくしは聖女ではなく……〝紅月〟ですのよ」
聖地サルバドルのお膝元を汚す殺人鬼・紅月とは。
「うふふ、うふふふふ、あはははははははっ!」
わたくしの事でしてよ。
「天罰」
ゴスッ!
「ぐぁ!」
「天誅」
グチャ!
「あがっ!」
「滅殺・抹殺・撲殺」
グチャ! ゴチャ! バチャア!
……ゴトンッ
「あは、あははは、あははははははは! 罪人さぁん。勿論、貴方だけを逝かせたりしませんよぉ…………あはははははははははははははは!」
この笑い声が響いてくると、懺悔の奉仕を求めてやってきた信者達は一斉に回れ右するそうな。
そして、全員呟くのじゃ。
……またか、と。
ズル……ズル……
「今晩はぁ♪」
「はい、いらっしゃ…………こ、これはこれは聖女様、こんな時間に何用で?」
「貴方がぁ、お肉屋さんの大将さんですねぇ?」
「は、はい。そうですが?」
「このお肉ぅ、捌いて下さらなぁい?」
ゴトッ ベチャア
「え…………ひ、ひ、ひいいいいいいいいい!」
「そんなに叫んでしまってはぁ、ご近所迷惑ですよぉ?」
「な、な、何だ、何なんだ、何なんだよ一体!?」
「何なんだ、と言われましても、貴方の部下ではありませんかぁ?」
「ぶ、部下って……まさか!」
「まあ、これだけ頭が弾けちゃってたら、分かりませんよねぇ…………あはは、あははは、あははははははは!」
開け放たれた扉から侵入した風によって、室内の灯りが消え。
背後から照らす月明かりがわたくしの顔を黒く染め。
「……聖女様……じゃない?」
「言いましたねぇ? 貴方、聖女と言いましたねぇ?」
あまりの嬉しさに、自然に笑みが零れます。
「っ!? み、三つの紅い月……ま、まさか、まさか、あんたが」
「そうですわよぉ。貴方のような罪深き人が最も恐れる殺人鬼……紅月ですわよぉ?」
「な、な、なぁぁ!?」
「さあさあ、貴方はその紅月に裁かれる権利を得たのですわよぉ! おめでとうございますぅ!」
再びニッコリと笑みが浮かびます。ああ、楽しみですわぁ。
「ひ、ひぃ、ひぃああああああああああ!」
「さぁて。まずは罪の告白をして頂きましょうかぁ?」
「つ、罪の告白!?」
「貴方が手込めにした女性の人数はぁ?」
「ひ、ひぃぃ!」
「早く仰って頂かないとぉ」
ブゥン バギャ!
「ぎゃああああああ!」
「一つずつぅ、関節が砕けますわよぉ?」
「わ、分かりました! 言います、言います! 十八人ですぅ!」
「はぁい、よく出来ましたぁ♪ では、お仲間も白状して頂きましょうか」
「は、はいい!」
こうしてお肉屋さんは、全ての罪を告白なさいました。
「さぁて。いよいよお楽しみの、裁きの時間でございますぅぅぅ♪」
「さ、裁きって……全部喋ったじゃねえかよぉぉぉぉぉぉ!」
「あらぁ、喋ったら許すだなんて、わたくし一言も申し上げておりませんわ?」
「そ、そんなああああ!!」
「あああ、始まりますわ、わたくしの一番気持ち良い時間が♪」
「嫌だああ、死にたくないいいい!」
それでは、始まり始まりぃ♪
「はーい、天罰」
ガスッ!
「うぎぁ!」
「あはは、天誅」
ゴスッ!
「ごほぉ!」
「うふふふふ、更に天罰」
ドボッ!
「ぐふぇ!」
「あははははははは、天誅♪」
グチャ!
「あばぁ!」
「滅殺・抹殺・撲殺!」
ゴチャ! グチャ! バチャア!
バタッ
「あははは、あははははははは! 今日は二人も撲殺できましたわ! 堪らない、堪らない、堪りませんわああああああああ!」
……も、もう終わったかの? 終わったのじゃな?
ふう…………こ、これが聖女と呼ばれるシスターの正体。巷で〝紅月〟と呼ばれる連続殺人鬼じゃ。
殺害方法は至って簡単。聖女の証と呼ばれる〝聖女の杖〟でひたすら殴って殴って殴りまくる。最後には被害者の頭を潰すまで殴り続けるのじゃ。
この殺人鬼〝紅月〟は、無差別殺人鬼では無い。あくまで罪を犯した者のみを断罪するのじゃ。その罪有りし者を探す場が……懺悔の奉仕なのじゃよ。
ん? 何じゃ? 何故このような危険人物が捕まらないのか、じゃと?
それこそが、聖女と呼ばれる由縁なのじゃよ。
次の日の朝。わたくしはいつもと同じように朝の掃除を始めます。
「貴方はあちらを掃除して下さいな」
「は、はい」
「お肉屋さんは……その倍はお願いしますね」
「は、はい」
「お仲間の皆さんも、よろしくお願いしますね?」
「「「は、はい……」」」
わたくしの指示に従って、贖罪のお掃除が始まります。
「おはようございます、聖女様」
「あら、衛兵さん。おはようございます。それとわたくしは」
「聖女ではありません、ですね。いつまでも頑固ですなぁ」
わたくし、本当に聖女の器ではありませんわよ。
「……で、あの者達は……」
「連続婦女暴行犯ですわ」
「それはそれは……お前達、殺されたのは何回目だ?」
そう聞かれた皆さんは、指を一つ上げました。
「まだ一回か……ちなみに何回の予定で?」
「最初に罪の告白をなさった方は、今日の奉仕で終わりです。後の方々は……今後の反省次第ですわね」
「それはそれは……何回生き返る事やら」
夜に撲殺し、朝に復活魔術で生き返る。その繰り返しの中で、罪深き方々は贖罪の道を歩まれるのです。
「どうだ、お前達。ここで贖罪できて幸せだろ?」
「「「……衛兵さんに捕まった方がマシです……」」」
「あははは、かもな! 何回も死刑だなんて、こんな恐ろしい罰は無いからな!」
まあ、恐ろしい罰だなんて。
「衛兵さんも、一晩如何ですか?」
「……慎んで遠慮させて頂きます」
あら、残念。衛兵さんなら、さぞかし撲殺し甲斐がありそうでしたのに……あははは、あははは、あははははははは!
「で、では、聖女様」
「……ですから、わたくしは……」
「ああ、失礼しました。では、シスター・リファリス」
これは後に「撲殺の聖女」と崇められる、シスター・リファリスの物語じゃ。
えーっと、ビキ殺のリファリス様とは関係ありません。ただリファリス様っぽい主人公が書きたかっただけです。