信者と語らう撲殺魔っ
会場の設営も順調に進んでいます。
「聖女様、一休みしませんか?」
「ありがとうございます。弟子達ももうすぐ戻ってきますので、それから休憩させて頂きますわ」
運んでいた椅子を置き、誘って下さったボランティアの奥様方に笑顔で応えます。
「リブラちゃん達なら、枢機卿猊下から何か頼まれてたみたいだよ」
……ルディ……まだ根に持ってるのですね。
「……分かりました。では先に休ませて頂きます」
「そうしなさいな」
「聖女様とお茶だなんて、何だかおめでたいねえ」
「手を合わせて拝むべきかねえ」
それは違う宗教ですわよ。
コポポポッ
「はい、お上がりなさいな」
「ありがとうございます、頂きますわ」
感謝のお祈りをし、ティーカップを手にします。
「……ふう、美味しい」
口の中に広がる爽やかな苦みが、疲れを忘れさせてくれます。
「……いいよねえ」
「はい?」
「美人はお茶を飲むだけで、絵になるんだもんねえ」
「……いきなり何ですの?」
「いやあねえ、リブラちゃんの気持ちも分かるってもんだよ」
ケホコホッ!
「な、何故にリブラが出てくるんですの!?」
「え、だって、ねぇ」
「聖女様とリブラちゃん、恋人なんでしょ?」
ケホコホゲホッ!
「ち、違いますわ! ただの師匠と弟子ですわよ!」
「あら、そうなの?」
「もう婚約寸前だなんて噂もあったけど」
た、確かに、そうなりかかった時もありましたけど!
「と、とにかく違いますわ」
「だけど、ねえ」
「だよねえ」
こ、今度は何ですの!?
「教会の近所をランニングしてる人がねえ」
え。
「毎晩教会の前を通る時に」
ま、まさか。
「聖女様の大きな声が、たまに聞こえてくるって」
きゃああああああああああっ!?
「は、発声練習ですわ。説教会では大きな声を出さなくてはなりませんから、たまに喉を苛めて鍛えているのですっ」
「そうなのかい?」
「はい、そうなのですっ」
「あたしゃ、てっきりリブラちゃんと【いやぁぁん】してるのかと」
ケホコホゲホゴフッ!
「ちちち違いますわ! 先程も言いましたが、発声練習ですから!」
「ええ? リブラちゃんの声も聞こえてくるらしいから、あたしゃてっきり」
いやあああああああああああっ!?
「リ、リブラもわたくしに付き合って発声練習しているのですっ」
「リブラちゃんが発声練習? 必要あるのかい?」
「修行の一環ですっ!」
もうこれ以上は掘り下げないで!
「まあ……聖女様がそう言うなら……」
……ふう。危機は去りました。
「まあいいじゃない。昔みたいに、聖女様の高笑いと、野郎共の断末魔の叫びが、毎晩聞こえてくるよりは」
それは苦情が酷かったので、完全防音の趣味部屋で行うようにしました。
「最近は撲殺してないのかい?」
「してますわよ、ちゃんと。実際にあの方々、向こうの方々、で、貴女と貴女。皆わたくしに一度は撲殺されてますわ」
「え」「ええっ」
「ちょっと聖女様、言わない約束でしょ~」
すっかりオバチャン風になった元結婚詐欺師は、ケタケタ笑いながらお煎餅を頬張っています。
「つーか、まさかあんたも?」
「まぁね。あたしは美人局で、その時組んでた男と一緒に」
「撲殺された?」
「そ。その男ってのが、今の旦那なんだけどね」
元美人局さんは、夫婦で魚を捌いています。
「そりゃまた、鮮烈な出会いだねぇ」
「おまけに式の見届け人は聖女様だよ」
「あはははは、殺された相手にかい」
お二方、周りがドン引きしてますわよ。
「あ、あの」
「ん?」
「実は、私も撲殺されました」
え?
「あー、実は私もです」
ええ?
「そうなのかい?」
「も、申し訳ございませんが、わたくしは覚えていないのですが」
「無理もありません。私は盗賊団の雇われ娼婦でしたから」
「私も似たようなもんかな……盗賊の一員だったけどね」
……どこかで見覚えが……あ!
「もしかして、五年前の鮮血旅団事件ですの?」
「「そうそう!」」
鮮血旅団とは……まあ強盗殺人も止むを得ず、という凶悪な盗賊団でした。
「わたくしが全員撲殺したのでしたわね」
「ええ、問答無用で」
「娼婦も手加減無く頭をかち割られてたのよねえ」
「やりすぎた……とは思ってませんわよ」
「分かってるわ。聖女様に撲殺されて聖心教に入信して、自分の罪深さを痛感したもの」
「被害者全員聖女様が復活させてくれてたって聞いた時は、柄にもなく泣いちゃったもんね」
今はちゃんと心を入れ替え、毎日を清く正しく過ごしていらっしゃるようです。
「あれから旅団の方々とは?」
「今でも連んでるのは居るけど、殆ど音信不通になってるねえ」
「大体は真っ当な仕事をしてるか、聖心教に関わる何かをしてるみたいだけど」
……一応聞いておきましょう。
「……再び足を踏み外した方はご存知ですか?」
元旅団のお二人は顔を見合わせ。
「「知らないわねぇ」」
……ホッ。
「ただ」
え?
「あの旅団長が改心したとは、未だに思えないんだよねえ」
「ああ、それは私も思う。あんな鬼畜野郎が、普通な生き方なんてできる訳が無い」
鮮血旅団の頭、旅団長クォーニ・キティですか。
「彼は念入りに撲殺しておいたのですが……まだ足りなかったのでしょうか」
「「「念入り……」」」
「……やはり、もう少し激しく攻め立てるべきだったのでしょうか……」
「「「もう少し激しく……」」」
……奥様方が再びドン引きしているのは何故でしょうか。
不穏な空気?




