助け舟は撲殺魔っ
「おや、これはこれは聖女殿」
昨日の夜に何度も聞き取ろうとした声が、わたくしの背後から響いてきました。
「あら、これはこれは市長陛下、ごきげんよう」
「どうですかな、選挙戦は」
……わたくしがマーリン様に与していると知っていて、聞いてきているのでしょうか。
「……そうですわね。このような選挙というものは見る機会も少なく、とても興味深いですわ」
「そ、そうですか。我が国は民主的な国家ですから、他の専制主義国家の方々から見れば不思議かもしれませんな」
あらあら、他国を何気にディスってらっしゃいますわ。
「ええ、本当に。特に自らの名を連呼したり、己の主義主張を演説したり、有権者と握手して回ったり。大変に興味深い光景でしたわ…………そう言えば、市長陛下は何も選挙活動をなさっていらっしゃらないご様子ですが?」
「うっ……い、いや、現職で人気がある私が、ある程度は余裕を見せねばならないかと思い、セーブしているのですよ」
「あら、そうでしたの。流石は市長陛下、器が大きくていらっしゃいますわね」
「あは、あははは、あはははは……」
リジーがバンバン呪いを放っているので、選挙活動したくてもできないのが真実なのですが。
「……あの、聖女殿。一つご相談が……」
「応援演説やお手伝いはできませんわよ? 聖心教の決まりですので」
「……あ、はい、やはり……いえ、そうではなく」
はい?
「相談したいのはその事ではなく、呪いについてなのです」
呪いについて?
「あ、はい。呪いに関しましては、何かしらお役に立てるかもしれません」
……まさか……選挙活動を呪いで妨害されている、と気付かれましたの?
「あ、はい。単刀直入にお聞きしますが、私は………………呪われているのでしょうか?」
「……と仰いますと?」
「あ、はい。実は…………選挙に関わる何かをする度に、何やら悪い事が起きている気がしまして」
「……つまり、選挙活動限定で呪われている、と仰りたいんですの?」
「はい。その通りでして」
「市長陛下、呪いについてはお詳しいんですの?」
「いえ、全く」
でしょうね。
「でしたらお教えしますが……ある特定の活動に限って呪うだなんて、実質不可能ですわよ」
「え?」
「相手を呪うという事は、そこまで細かくコントロールできるものではありません。かなり漠然とした効果しか出ませんわ」
「漠然とした……効果?」
「はい。呪いとは即ち、対象に向けられる恨みや妬みが魔力と結びついて具現化した事象の事を言います。つまり、現象のようなものです」
「……現象……」
「簡単に言ってしまえば『対象が憎いから、何か酷い目に遭わせたい』という思いが形を成している、となります。つまり、酷い目に遭わせるのが目的であって、対象がどうなるかは恨みの深さや魔力量によって左右されがちなのです」
「つ、つまり、私に対する恨みであるならば」
「市長陛下自身が不幸に見舞われるでしょうね」
そうなのです。普通でしたらコントロールできる筈が無い呪いをコントロールできてしまう事が、リジーの凄まじいところなのです。
「な、ならば、私はどうすれば……」
「呪いでは無いのですから、偶々だったのでは?」
「た、偶々!? あれだけ不幸が起きたのに、偶々という言葉で片付けられますか!?」
リジー……張り切り過ぎですわよ。あまり無碍に扱っては、わたくしに疑いの目が向けられてしまいますし。
「……一度……視てみましょうか?」
「え? よ、宜しいのですか?」
「はい。呪いではなくても、違う理由があり得なくも無いですし」
「そ、それはありがたい! どうかよろしくお願いします!」
はあ……面倒な事になってしまいましたわ。
一度宿屋に戻り。
「リジー、呪いはもう結構ですわ」
「えー……まだこれからなのにぃ」
「貴女が張り切り過ぎたから、市長陛下から不審に思われたのですわ!」
「え、リファリスが?」
「おそらく、わたくしに呪いの対処を頼む事で、様子を見たいのでしょうね」
わたくしがマーリン様陣営に協力している事に、気付いているのかもしれません。それで探りを入れるという意味もあって、依頼してきたのでしょう。
「だったら、呪いを止めたら」
「間違い無く疑われますわね」
「だったら、呪いを止めずに」
「そうなりますと、わたくしの能力を疑うような宣伝をなさるでしょうね。聖女は呪いの一つも解けないのか、と」
市長陛下もなかなかに知恵者ですわ。下手な動きをすれば、わたくしが足下をすくわれかねません。
「しかも市長陛下を待たせていますから、考える時間もあまりありません」
「んー……だったら、私も付いていこうか?」
はい?
「……お待たせしました」
「ああ、聖女殿…………後ろの方は?」
「こちらはリジー。わたくしの弟子です」
「弟子? 確か聖騎士では」
「兼任ですわ」
「そうですか……で、何故にお弟子さんが付いてくるのです?」
あらあら、早速リジーを下に見てますわね。
「それはですね、リジーは呪いの専門家だからです」
「……は?」
「市長陛下、私、リファ……師匠から話を聞いて、一つの可能性を考えた……じゃなくて考えました」
「ど、どのような可能性で?」
リジーは余裕綽々に笑顔を見せ。
「呪具です」
と言い放ったのでした。




