歓迎される撲殺魔っ
ジャンジャンジャンジャンジャアアアアン!
「市長様のご帰還だあ! 道を空けろ、空けろおおお!」
鳴り響く銅鑼の音で、港の小舟が左右に分かれていきます。
「港ってこんなに混雑するものですの?」
「い、いえ、今回は特別でして……おぇぇ」
「……『癒せ』」
パアアア……
「うぇ……っく。ありがとうございます、聖女殿。幾分か楽になりました」
「それは良かったです」
……偏見かもしれませんが、海洋国家の長たる方が、船が苦手なのは如何なものなのでしょうか。
「うえっぷ、失礼しました。あの小舟は歓迎の証です」
歓迎の……証?
「入ってくる船を妨害するような位置に止める事で、歓迎の意を示すのがこの国の伝統なのですよ」
へええ……変わった伝統ですわね。
「……その割にはブーイングが聞こえてくるんだけど」
……確かに。歓迎されているようには思えませんわ。
「あれも伝統でしてな、歓迎の度合いに応じて逆の反応をするのですよ」
…………はい?
「つまり、ブーイングされてるのは歓迎されている証拠、だと?」
「その通りです。私だけの時は倍以上の歓迎ぶりですな」
そう言ってニヤリと笑われます。
「……へぇ~……」
そう返事して船から小舟を見下ろすリブラ。その視線の先では……。
「ブーブー! ブーブー!」
「帰ってくんな、クソ市長が!」
「いや、あの世に帰れ!」
「土に戻れ!」
かなり酷い言い様ですが……宜しいのでしょうか?
「はっはっは、慣れれば可愛いもんです」
ニコニコしながら手を振ると、ブーイングされていた方々が殺気立ちます…………本当に慕われているんでしょうか?
「聖女殿も手を振ってみて下さい」
わ、わたくしもですか?
「いいじゃん、リファリス。手くらい振ってあげなよ……多分だけど面白い事になるから」
面白い事?
「ほらほら」
「わ、分かりましたわよ」
笑顔を作り、軽く手を振ります。
「お、おい、あれは誰だ?」
「すんげえ別嬪さんだぜ」
「銀髪に純白の法衣姿……ま、まさか聖女様!?」
「え、聖女様!?」
「マジで聖女様かよ!」
すると皆さん、互いに頷き合い。
バババッ
罵詈雑言が書かれていた板を仕舞い、新たな板を……あら?
「聖女様バンザーイ!」
「ようこそマリーナ市国へ!」
「歓迎致しますぞ!」
「キャー、聖女様ー!」
これでもか、と言わんはがりの歓迎ぶりに打って変わりました。板も「歓迎」「ようこそ」といった美辞麗句に切り替わっています。
「こ、これは一体?」
「あー……これは……何と言いましょうか……建前、ですな」
「建前?」
「初めての聖女様の来訪に戸惑っているのでしょう。ですから差し障りの無い方法で歓迎しているのです」
差し障りの無い……歓迎ですか。
その割には……。
「聖女様バンザーイ! バンザーイ!」
「うおおおん、聖女様がついに我がマリーナ市国にぃ!」
「せいじょさまー!」
「ワッショイワッショイワッショイ!」
「長生きするもんじゃ、ナマンダブナマンダブ」
「婆さん、それは違う宗教だぞ」
……建前……ですか?
「あっはっは、あー面白い」
用意された馬車に入った途端に、リブラがお腹を抱えて笑い始めました。
「どうしたんですの?」
「あははは、市長陛下のあの顔ったら……あははははは!」
「な、何なんですの?」
「くくくく……いやさ、市長陛下が言ってたじゃない。ブーイングや罵詈雑言が歓迎の証だって」
「はい、仰ってましたわね」
「そんな訳無いじゃん」
はい?
「もしあれが本当だったら、リファリスに対する歓声は何だったってのよ?」
「建前、なんじゃありませんの?」
「あれが建前だったら、マリーナ市国の住民全員役者になれるわね」
……つまり……何が言いたいんですの。
「どっちも偽りが無いってのが正解じゃない?」
へ?
「だからさ、市長陛下へのブーイングも、リファリスへの歓迎ぶりも、本気なんじゃないかって」
「市長陛下へのブーイングも本気だと? つまり、それだけ嫌われていると?」
「だってさ、私達が船に乗った時の反応からして、市民階級には冷たそうじゃない」
まあ……それはわたくしも感じました。
「あんなゴテゴテな成金趣味を装ってまで、客を選別してるくらいだから」
あの時の反応で、リブラとモリー・リジーを明確に差別していましたわね。
「客に対してもあれなんだから、市民に対してはもっとあからさまだと思うよ」
そうなのでしょうか。そうで無ければ良いのですが……。
「聖女様、ようこそ!」
「聖女様、ぜひ説教会をお願いします」
「せいじょさまー、わーい」
馬車が進む先も、歓迎の声は止みません。
その反面。
「はっはっは、帰って来たよ」
「え……し、失礼します」
「しちょーだ、にげろー!」
「ち、誰が歓迎するかよ」
「さっさと行けよ」
市長陛下の歓迎ぶりは……もう……。
「はっはっは、凄いだろう。私の人気は市国では聖女殿以上だ」
「いや、どう考えても……」
「市民が市長を騙しているか……」
「市長の妄想のどちらか、と思われ」
正直、わたくしもそう思います……でしたら。
「市長陛下、わたくし市民の皆様に教えを説きたいのです」
「うむ」
「ですから、市内の宿屋に泊まりたいのですが……宜しいでしょうか?」
市長さん、嫌われてる?




