船に乗る撲殺魔っ
マリーナ市国市長ホセ・イーオン七十三世陛下の準備は周到でした。
「イーオン殿から話は聞いておる。道中気を付けて行くが良い」
「だ、大司教猊下? わたくし、まだ行くとは一言も」
「あれだけの寄付金を詰まれた以上、断る事はできぬ」
寄付金!?
「つ、つまり、雇われたようなもの……?」
「身も蓋も無い言い方をすれば、そうなる」
大司教猊下ぁぁぁ!?
「聖職に就きし者がそのような事でっ」
「主に祈っても腹は膨れぬ。聖職者に必要なものは、主への献身と少々のお金だ」
お爺様! 主の面前でぶっちゃけ過ぎですわよ!
「そういう訳だ。対外的にも私が全ての責任を負う故、安心して行って来るが良い」
……わたくし、実の祖父に嵌められたようです……。
「……ただいま戻りまし…………たぁ?」
「あ、お帰り、リファリス」
「出発はいつだ? んふふふ」
「呪具記念館♪ 呪具記念館♪ 呪われアイテムザックザク♪」
な、何故に旅立つ準備を……?
「リファリス、さっき枢機卿猊下が来て」
ルディ……まさか、余計な事を吹き込んだのでは……。
「マリーナ市国の観光パンフレットを置いてったわよ」
吹き込んでくれてましたわ!
「シスター、ここにパルプンテシア大聖堂があるんだよな?」
「え? あ、はい。主が御姿を唯一顕現された場所ですわね」
「そこの降臨地ってのを見せてくれるんだって」
………………え?
「こ、降臨地を?」
「ああ。しかも今回が最初で最後のご開帳だって」
うああああああああああああっ!!
「俺も観てみたい場所が幾つか…………シスター?」
「リファリス、うずくまってどうしたの?」
「自らの欲と戦ってるのよ」
な、な、何という周到な罠ですの!?
「まさか主が降臨あそばされた場所に、わたくしのような者が入る事を許されるなんて……」
降臨地に入る事ができるのは、大司教猊下やマリーナ市国の一部の方々のみ。聖女と呼ばれるわたくしでさえ、希望しても認められなかった程の聖地の中の聖地です。
「う、ううぅ……しかし降臨地を取引材料に使うだなんて、不届き千万……」
「悩んでる悩んでる」
「でもリブラ、もう船の予約しちゃったんだよね?」
……はい?
「………………リブラ?」
「私じゃないわよ。市長さんが特別便を手配してくれただけ」
特別便!?
「私達の為だけに、マリーナ号を出してくれたみたい」
はいいいい!? 世界一と謳われる超豪華客船ですわよ!?
「それで直接向かうんだってさ……大司教猊下と枢機卿猊下も一緒に」
お爺様にルディまで巻き込んだんですの!?
「し、しかし教会を留守には」
「また魔王の奥様が代理で来て下さるって」
誇り高き貴婦人まで巻き込んだんですのおおおお!?
ポンッ
「リファリス、完っ全に外堀埋められたら上に、内堀に橋架けられちゃったから」
つ、つまり、落城は決定的と言う事ですのね……。
三日後。
「ふわああ……おっきい……」
「リブっち~、男性の前々ではしたなぶべらきゃ!?」
ルディ、余計な事を吹き込まないで下さい。
「本当にデケえな……流石は世界一の豪華客船、マリーナ号」
マリーナ市国が国をあげて建造した超豪華客船、マリーナ号。定期的に世界各地をクルーズし、王侯貴族や豪商を持て成しているそうです。
「そうやって各地にパイプを作り、マリーナ市国の権益を確保してるのよね」
「世界一小さい国が世界有数の経済大国な理由は、この辺りにあるんだろうな」
……わたくしがまさか、マリーナ号に乗る事になるなんて……。
「……はぁぁ……」
「リファリス、元気無いよね。どうしたの?」
「……清貧を尊ぶ筈のわたくしが、こんなキンキラキンの権化に……」
「キンキラキンの権化って……まあ間違っては無いけど」
「おお、ようこそ、我が船へ!」
そこへマリーナ市国市長陛下がいらっしゃいました。
「大司教猊下と枢機卿猊下はもう乗船なさってます。聖女様方も、どうぞどうぞ」
背中を押されて豪華客船へと足を踏み入れます。
「さあ、ごゆるりとお過ごし下さい」
「「「いらっしゃいませ」」」
た、沢山の方々が一斉に頭を下げて……。
「スゲえ! やっぱスゲえよ!」
「豪華すぎて顎が外れそう……」
モリーとリジーは大喜びです。
「うっわ、リファリスがキンキラキンって言う理由が分かるわ」
あら?
「リブラは反応が今一つですわね」
「まあね。一応元侯爵夫人だから、ある程度の贅沢には慣れてるし」
嫌な慣れですわね。
「それにしても、見た目ばっかの豪華絢爛さね」
「見た目ばかり?」
「うん。あちこちに飾ってある金ピカ、殆ど偽物だわ」
偽物?
「錬金術で見た目を金ピカにする事ができるでしょ? 殆どがそれ」
「あ、あらら」
「ちなみにあっちの有名絵画やそっちの壺とか、全部贋作。一目で分かったわ」
「一目で分かるくらいの酷い贋作なのですね」
そう教えてくれたリブラは、リジー達をもてなす市長陛下をチラチラと見ています。
「……どうかしたんですの、リブラ?」
「え? あー、うん。確信したら話すわ」
はい?
「多分だけどさ、私とリファリス、リジーとモリーで違う階層に泊められるよ」
……はい?
それからすぐ、リブラの言っていた事は現実になりました。
「聖女様とリブラ様は最上階、後のお二人はその下の階がお部屋になります」
そう言う市長陛下の口には、侮蔑の笑みが浮かんでいました。
何か裏がある?




