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聖女殿の閑話

「ライオンよ、聞こえるか、ライオン」


 しばらく見ていない臣下兼友人に語りかける。あの者は『順風耳』という特殊能力を持っているので、何も無い場所に呼びかけるだけで声が届く。


『……す、済まぬ。出るのが遅うなった…………むむむ。これは失礼、陛下でしたか』


「何だ、まだ体調が優れぬか」


 余の問い掛けに、ライオンは苦々しい声を返してきおった。


『勘弁して下され。あのような危険な物で何度も何度も殴られたのじゃ、老いぼれで無くとも再起まで時間は掛かりまする』


 危険な物?


獅子心公(ライオンハート)と渾名される程の猛者を、三ヶ月も寝込ませるとは……刺客はどのような得物を用いたのだ? 毒でも塗ってあったのか?」


『あー……そ、その…………実は得物は単なるモーニングスターでしてな』


 モーニングスター?


「待て。乱戦用の大振りな武器を、ライオンは避けられなんだと申すか?」


『あのような一撃、例え首だけ……では無くリブラ侯爵夫人でも、避けるのは困難でしょうな』


 リブラ侯爵夫人でもか。


「そのような手練れがこの大陸に居ようとは、な」


『ま、まあ……優勝するだけの事はありますわい』


 ん、優勝とな?


「どこの武術大会か? 最近行われためぼしい大会は、全てチェックしてあるが」


『あ、いやあ…………チェックする程ではありますまい』


 ……?


「ライオン程の者にしては、歯切れが悪い言い方よな。はっきり言うが良いぞ」


『…………つい最近行われた大会の優勝者でございまする』


 つい最近?


「最近と言うと、マリーナ市国で行われた海王武術大会か?」

『いえ』

「少し前になるが、魔国連合で開催された魔王祭か?」

『いえ。もっと直近でございます』


 もっと直近…………いや、まさかな。


「よもや我が国で行われた、剣聖祭……な訳は無いな」

『…………そうです』


 ……は?


「待て。剣聖祭の優勝者と言えば」

『はい。聖女リファリス殿でございます』

「な、ならば、ライオンめに瀕死の重傷を負わせた刺客とやらは、聖女殿だと申すのか!!」

『……………………はい』


 あり得ぬ!


「聖女殿が刺客のような真似を働く訳が無かろうが!」

『あー、いえ。聖女殿が刺客だった訳では無く……』

「ならば何があったと言うのだ! ちゃんと説明せよ!」


 少し間が空いた後、ライオンめは観念したかのように喋りだした。


『聖女殿が自らの意思で襲ったのでは無く、不埒な真似を働いたワシを撃退したのでございます』


「不埒な真似とな………………まさか、ライオン、貴様」

『はあ、その、少ーし覗いてしまいまして』


 こ、この……!


「また戯けた事をしておるのか! この色ボケがあ!」

『もも申し訳ございませぬ! つい出来心で』

「前もそう言っておったろうが!」


 城に呼び出して直接説教してやったというのに、まだ懲りておらなんだか!


『本当に、本当に出来心でしたのじゃ! 魔国連合が侵攻してきた際、敵情視察しておったら……偶然聖女殿が映り込んでしまい』

「どこで映り込んだと申すか!?」

『ほ、北方山地でございます』


 北方山地……確か聖女殿がファンシーベアを見つけた時だったな。あの後すぐに、飼育申請があった筈。


『その際、あまりに見事なプロポーションに目を奪われ……』


 う、うむ。そこは認めざるを得まい。実際に見事な……おほん!


「だからと言って、覗いて良いという理由にはならぬ!」

『は、はい! その通りでございまする』

「三ヶ月の謹慎処分とする。その間は余が求めぬ限り『千里眼』と『順風耳』を使う事は禁ずる!」

『は、はは~!』


 ……全く。


『……ですが、陛下』

「……何だ」

『聖女殿の胸、見事と言う他にありますまい』


 それは……まあ。


『あの大きさからはあり得ぬ張りと形の良さ。そして透き通るような白さと、花を思わせるような先端の薄紅色。絶妙なバランスの上に成り立つ、究極の美と言っても過言ではありますまい』


 た、確かに。


『だからと言うて肉付きし過ぎている事も無く、腰から臀部に続く見事な曲線は、もはや神が直接手を加えたかの如き域に達しておりまする』


 う、うむ。


『今が季であると咲き誇る花を愛でる事は、そこまで罪となりましょうか。真に罪であるのは、己の魅力に執着せず、秘めたるべき美を惜しげも無くさらけ出す聖女殿でありましょうぞ』


「…………ぬぅ」


『あの身体は、もはや大陸一の芸術と言っても良いかと。恐れながら『南大陸の花』と謳われしマリーゴールド殿下すらも上回るかと』


「……我が娘よりか」


『はい。流石に形と色で差をつけざるを得ませんな』


 そうか………………ん?


「待て。何故に我が娘と比較する?」

『え? それは見た事がありますから…………あ』

「見た事が、ある?」

『あ、いや、その、で、殿下が小さい頃に』

「小さい頃に見た事がある割には、現在の形にまで言及しておったな?」

『うぐっ』

「……ライオン、貴様ああ! 我が娘まで毒牙を向けておったのか!?」

『い、いえ、事故でありまして!』

「言い訳は無用! 今すぐ軍を差し向ける故、首を洗って待っておれ!」

『流石にそれはご勘弁ををををををを!!』



「……はい?」

「どうしたの、リファリス」

「いまいまお城から使者様がお出でになられて、優勝賞品を置いていかれたのですが……」

「それがどうかしたの?」

「金一封はありがたいのですが、ライオン狩りの権利とは一体……?」

「は?」

明日から新章です。

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