決勝前夜の無名剣士っ
『しかし解説さん、まさかの組み合わせになりましたね』
『ええ。リファリス選手に関しましてはそこまで驚く事ではありませんが、対戦相手のイジリ選手は無名ですからね』
『はい。私共も一応調べてはみたのですが、過去の大会の出場記録・騎士団の名簿・ギルド在籍者の中にもその名はありませんでした』
『ううむ……正直言いますと、あまり注目していなかったので……』
『私もです。リブラ侯爵夫人と同じように、大剣を振り回していた気はしますが』
『何はともあれ、明日の決勝戦は楽しみです!』
一旦教会に引き上げたわたくし達は、礼拝堂で祈りを捧げていました。
「主よ、わたくしは幸運にも決勝の舞台へと駒を進めました。その過程で多くの方々を傷付けてしまったわたくしめの罪を、どうかお許し下さい」
「主よ、何故私には試練を与えてばかりなのです!?」
明らかに日頃の行いですわよ。
「主よ、あまりにも出番が無さすぎではないか、と思われ」
「右に同じ。俺も一応会場に居たんだけど、目立たねえ」
……貴女達は主に何を訴えているんですか。
「……さて、そろそろ就寝しましょう」
「……決勝がぁ……」
「「出番がぁ……」」
……わたくしの弟子達は、私欲にまみれ過ぎではないでしょうか……。
「はああ、どうにかバレずに済んだ」
「な、俺の言った通りにすれば、間違い無いだろう?」
「うむ、今回は誉めてつかわす。よしよし」
頭撫でるな、髪の毛がグチャグチャになるだろが!
「それにしても、本当に出場するつもりなのか、リジーの姉御?」
「…………ど、どうしよう」
おいっ。
「途中から俺の出場枠を使って出たんだから、今更出たくない……は無しだぜ」
「分かってる。分かってるけど、まさか決勝に出ちゃうだなんてええっ」
まあな。本当は昨日、リブラの姉御にこっそり負けるつもりだったんだ。それがまさか棄権するだなんて……。
「そういやリブラの姉御は、もう怪我は大丈夫なのか?」
「さあ……」
ギィィ……バタン
すると、そのタイミングで隣の部屋から、ドアを開ける音が響いてきた。
「お、噂をすれば」
「リブラと思われ」
スタスタスタスタ……ギィィ
あれは……シスターの部屋だな。
「またか」
「またと思われ」
所謂夜に這うってヤツだ。どれ、壁に耳を当てて……。
『はあああああああああああん!』
あ、やっぱりだ。
「あれは駄目。あれは反則」
「そうかぁ? 俺は平気なんだが」
「え、嘘」
いや、別に嘘を言う必要は無いんだが。
「だったら試しに、えい」
きゅっきゅっ
「いたたた!? きゅ、急に何だよ!」
ただ痛がるだけの俺を見て、リジーの姉御は大きく目を見開いている。
「う、嘘だ! 通用しないだなんて!」
「嘘だって言われても困るんだが」
「そんな筈は無い! えい、えい!」
きゅっきゅっきゅっきゅっ
「いいい痛いって! 止めろよコラ!」
「ちくせうちくせうちくせう!」
きゅっきゅっきゅっきゅっ
「いててて! 痛い、痛い……痛いっつってんだろが!」
きゅうっ
「はあああああああああああん!」
あ、しまった。ついやり返しちまった。
「ふひゃあっ」
ペタン
やられた姉御は腰が抜けてしまったらしく、女の子座りしてしまった。
「お、おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない……何をするかぁ……」
迫力の欠片も無い「何をするかぁ」だな。
ドギャン! バギャン!
『ぐへぇ!』
ガチャ ポイ
『毎回毎回やられっ放しとは限りませんわよ!』
バタン!
『きゅ、きゅうぅぅ……』
お、今回はシスターが勝ったみたいだな。つーか、リブラの姉御も怪我人なんだから、大人しくしてりゃいいのに。
「珍しくリファリスが拒否った」
「まあな。結局リブラの姉御が本調子じゃなかったってのが原因だろうが…………そうだ、リジーの姉御」
「何でござるか?」
それにしても、何でリジーの姉御は急に口調が変わるのかね。
「やっぱシスターとリブラの姉御が戦ったら、シスターが負けるのか?」
それを聞いた姉御は難しい表情を浮かべ。
「……場合による」
と答えた。
「場合によるって、どういう事だ?」
「地の強さで言うなら、リブラの方が圧倒的。但しリファリスには〝無痛剣奏〟と回復魔術がある。持久戦ならリファリスの圧勝」
「む、むつう?」
「無痛剣奏は、剣士が到達すべき究極の一つ。痛みを我慢する域を超え、自らの意思で痛覚を麻痺できる」
痛覚の麻痺って、つまり痛みを感じないって事だろ?
「つまり、斬られようが殴られようが、命が尽きない限りは前進できるって事か」
「それに加えてリファリスには回復魔術がある」
そうか。傷付けられたとしても、痛みは感じない回復魔術で即治療となると……。
「攻撃通じないじゃねえか」
「その通り。だからリファリスは持久戦にさえ持ち込めれば、まず負けは無い」
「……その割には、夜の事となると、リブラの姉御が有利だよな」
持久戦が得意なら、逃げ切れると思うんだが。
「それは……ある程度は同意の上、かと思われ」
同意の上、か。シスターもまんざらじゃねえってのかね。
翌朝。
「ほら、こいつをこう着て」
「う、うむ」
「後はこーして」
「む、むう」
「ほら、できたぜ」
鏡の前には、全身鎧で固めた謎の剣士・イジリ。
「どうすんだ? 真剣勝負するのか?」
「……分かんない。その時による」
行き当たりばったりってか。ま、それもたまにはいいだろ。
「どうせ出るんなら、勝つつもりで行きなよ」
「う、うん」
やっぱりリジーでした。




