ご馳走する撲殺魔っ
「ふざけるな、糞がああ!」
リブラに完膚無きまでに叩きのめされても、騎士団長……いえ、元騎士団長アレックス・フリード様は喚き続けます。
「五月蝿いですわね。リブラ、眠らせて差し上げなさい」
「畏まりました」
リブラは悪戯っぽく微笑むと、首筋にホウキを叩き込みました。
「ぐぁっ」
元気だったアレックス・フリード様は呆気なく意識を失い、白目を剥いて倒れ込みます。
「さて、どうしましょうか。このまま衛兵に渡してしまいます?」
リブラの問いに肯定しようとしますが、副団長様によって止められます。
「それは難しいかと。騎士団長の職を剥奪したとしても、爵位までは奪えないのではありませんか?」
その通りですわ。爵位を与えるのはあくまで王家であって、わたくし達聖心教徒ではありません。
「世俗の身分に衛兵さん達は左右されますのね」
「はい。衛兵達には団長……いえ、領主様の命に逆らう気概は無いでしょう」
気概云々と言うより、身分の差は如何ともし難いものです。
「分かりました。ではわたくしがお預かり致しましょう」
「そうして頂けるとありがたいのですが……今更ではありますが、大丈夫なのですか?」
「本当に今更ですわね……ですが、大丈夫ですわ。何せ、わたくしにはリブラが居るんですもの」
ホウキを片手に身構えるリブラを見て、副団長様は納得されたようです。おそらくですが、騎士団の皆様全員で斬りかかっても、リブラには指一本触れる事はできないでしょうね。
教会内の懲罰室……単なる物置だったのですが、わたくしが勝手にそう呼んでいる部屋です……にフリード様を閉じ込め、壁やドアに強化魔術を、更に部屋全体に防音魔術を施します。
「これで夜に大騒ぎされる事も、逃げ出される心配もありませんわ」
「どっちにしても、一晩は目が覚めないくらいにはしておいたよ」
後は、もうすぐいらっしゃるであろう……。
「はろはろー」
ほら、噂をすれば、ですわね。
「リジー、来てすぐで申し訳ありませんが、一つ頼まれ事を引き受けて下さりません?」
それを聞いたリジーは、随分と情けない表情をなさいました。
「……お腹ペコペコ」
「お好きなメニューを用意しますわよ」
それを聞いたリジーは一気に表情を好転なさいました。
「肉っ! お肉っ!」
「分かりましたわ。丁度お供え物として頂いたものが有りますから、それを頂きましょう」
主にお供えした物は、二三日でお下げしてわたくしが頂いております。お肉は正直どうしようか悩んでいましたので、渡りに船でしたわ。
「なら請け負う」
「請け負って頂きありがとうございます」
自分で苦笑しているのがわかります。
「お願いしたいのは、この領主様の懲罰委員会の開催を打診して頂きたいのです」
懲罰委員会、という言葉を聞いて、再び顔を曇らせます。
「うええ、面倒くさいい……」
「そう仰らずに。諜報部隊に所属しているリジーにはうってつけでしょう?」
「そうだけどぉぉ……書類いっぱいになる」
「あら、それくらいでしたらわたくしが代筆しますわよ?」
代筆、という言葉に全身で反応されました。
「本当に?」
「はい」
「お肉無しにならない?」
「なりません」
「本当に、本当に本当に本当に?」
「はい……しつこいですわよ」
リジーはニッコリと微笑むと。
「乗った」
その一言と共に、とんぼ返りで戻っていきました。
「さて、夕飯の準備をしてきますから、リブラは夕方の奉仕を為さって下さいな」
「はいはーい」
ジュウウゥゥ……
「天に召されし我らの主よ」
ビシュ
バシン!
「痛い!」
「何度教えたら分かりますの? 主が天に召されてどうするのですか。天におわします、ですわ」
「いたた……そうだったわ」
夕方の奉仕とは、平たく言えば主への感謝のお祈りです。今日一日を健やかに過ごせた事に対する感謝と、食事の為に他の生物を犠牲にしてしまった罪の懺悔をし、浄化して頂くのです。
「今日は罪有りき者をコテンパンに叩きのめしてしまいました。弱い者虐めをしてしまった私の罪をお許し下さい」
まあ……言葉遣いに難が有りますが、宜しいでしょう。
「それとお昼ご飯の際に、裏の小川で捕まえた魚を一匹」
ビシュ
バシン!
「痛い!」
「お魚を食べたなんて、わたくし一言も聞いておりませんわよ?」
「だ、だから罪の告白をっ」
「お肉やお魚は夕飯のみ、と申し伝えた筈ですが?」
そう言われたリブラは何も反論できなくなり、少し俯いて。
「……ごめんなさい」
謝りました。
「はい、謝るのはわたくしに対してでは無くてよ?」
「はい。申し訳ありませんでした。どうか愚かな私の罪をお許し下さい」
はい、宜しい。
「リブラ、約束は約束ですわよ」
「……分かってる」
「今日のお肉、全部リジーですからね」
「ぐっ……」
お肉が食べられない事よりも、リジーに全て取られる事が堪えるようですわね。
無事に手続きを終えたリジーが戻ってきてから、夕飯が始まります。
「では頂きましょうか」
「はい、いっただきまーす♪」
「くっ……い、頂きます……」
リジーの前には山のように盛られたお肉、リブラの前にはわたくしと同じ野菜中心の粗食。
「がっつがっつがっつ、もっきゅもっきゅもっきゅ……あー美味い!」
「お口に合ったのでしたら良かったですわ」
「ううう……お肉お肉お肉ぅ……川魚よりお肉が良かったぁぁ……」
自業自得ですわよ。
ズシンッ
ん?
ドタンバタンッ
この振動は……懲罰室からですわね。
「リファリス、黙らせてこようか?」
「そうですわねぇ……」
「その代わりに、お肉」
「駄目ですわよ」
「うぐっ」
結局フリード様は、一晩中暴れ続けたようで、翌朝には疲れ果てて眠っていらっしゃいました。
リブラにお肉を食べさせたい方は、高評価・ブクマを頂ければ、お肉にありつけるかもしれません。