普通に首だけ令嬢っ
『第四試合は近衛兵団副団長・ヘイゼル選手VS優勝候補のリブラ侯爵夫人です!』
ワアアアアア!
「侯爵夫人!」「頑張れええ!」「今年こそ優勝してくれよおお!」
か、会場が揺れています。
「「「リブラッ! リブラッ! リブラッ!」」」
す、凄いですわね。これだけ人気がおありだなんて。
「流石はリブラ。万年二位なだけはある……ひぎゃい!?」
ビイイイ……ン
「あ、危ない!」
……リブラも存外に地獄耳ですわね。リジーがボソッと呟いた「万年二位」に、これだけ反応するだなんて。
『リブラ侯爵夫人、歓声に応える為か、自らの武器を一本客席に投げ込みました』
『侯爵夫人らしい、観客への粋なプレゼントですね』
粋なプレゼントが呪剣士の眉間に刺さるところでしたわよ。
『そして対するヘイゼル選手。普通の長さの普通の剣に、支給される普通の鎧に、十人並みの普通の顔。一言で言うならば「The・普通」です』
……ヘイゼル様、普通に泣いていらっしゃいますわね。
「それでは、第四試合、始めて下さい!」
さあ、リブラのトーナメント初戦が始まります。
「さあ、かかって来なさい!」
大剣を構え、対戦相手を睨みつける。
今で何度も出場している剣聖祭だけど、不思議とヘイゼル副団長と戦う機会を得られなかった。だから、私にとっては初めて戦う相手。
「……油断大敵。気を引き締めていかないと」
普通の具現者・普通の代名詞・普通普通普通……といろいろな異名を持つヘイゼル副団長。見た限りでは、剣の腕も普通だったけど……。
「……はああああ!」
声の大きさも普通。走る速さも普通。
ギィン!
「く……!」
ふむ、威力も普通。
「やっぱり普通だわ」
ズドォ!
「ぐふっ!?」
お腹に膝が刺さり、苦悶する姿も普通。叫び声も普通。
「流石は普通副団長。全身に普通が散りばめられてますね」
「普通って言うな!」
ありゃ、普通に怒った。
「確かに僕には花が無い。特徴が無い」
……よくお分かりで。
「身長体重も一般的な成人男性の平均値ピッタリ」
それはまあ、普通に居るでしょ。
「名前も国で一番多い名前で」
まあ……普通ね。
「髪型も普通だし」
いや、そこは何とでもなるでしょ。
「初恋は十歳、初めての彼女が出来たのは十五歳、ファーストキスは十六歳」
そこも普通ね……と言うより、私はあんたの普通の愚痴を聞く為にここに居るんじゃないわ。
「初【いやん】は二十歳、初【ばかん】は二十一歳」
「もういいですから! もう結構ですから!」
これ以上、普通に試合を止めたくない。
「……分かりました。今回こそ貴女を斬り伏せて、普通からのステップアップを果たしてみせます」
そうね。いい加減に普通に戦いたいし。
「……ふっ!」
そう言って剣を下段に構えて……って、これは!
「いくぞ、侯爵夫人。普通からの脱却、貴女の血をもって飾らせてもらおう!」
普通の速度で迫ってきて、普通に下段から普通の剣が振り上がってきて……っ!
「秘剣・つばめ返し!」
ギギィン!
ズザザザザッ
「……っ……つばめ返し……」
……対した威力ね。手が痺れたわ。
「どうだ! これこそ『普通』を切り裂く必殺剣! 私が三年かけて編み出した、抗いの結晶!」
……ええ、大した威力だわ。必殺剣と呼ぶに相応しい。それは認める。
だけど……!
「ヘイゼル副団長。つばめ返しは…………普通の技として、各流派で普通に教えています!」
「なっ!?」
そう。必殺剣と言う事はできない、普通で普通な普通すぎる技。
「そ、そんな馬鹿なあ! 僕の三年間の修行の成果だぞ!?」
「普通に無駄だったわね」
「く…………いや、まだだ!」
あれ? このまま普通にへこたれて終わると思ってたのに。
「例え普通の技だとしても、三年間毎日振り続けたつばめ返しは、もはや普通を超えている筈!」
ギン! ギギン! ギギギィン!
連続で放たれるつばめ返しは、どんどん普通に加速していき。
キュイン!
「くぅ!」
あ、危うく首筋を斬られるとこだったわ。
キュイン! キュン!
「はああああ!」
さ、更に加速して…………これは大剣では裁けない!
「仕方無い! たあ!」
ギャリ!
「な、短剣を!?」
「隙あり!」
ザシュウ!
「ぐはあああ!?」
脇腹を普通に深く斬られた副団長は、そのまま普通に倒れる。
「勝負あり! 勝者、普通にリブラ侯爵夫人!」
「私にまで普通を付けなくていいから!」
ワアアアアア!
「ぅ……は!?」
「気が付きまして?」
目が覚めると、そこには聖女様がいらっしゃった。
「ぼ、僕は…………負けたのですか」
「はい。リブラによって脇腹を斬られ」
……そうか……今年も敵わなかったか。
「ですが、凄いつばめ返しでしたわね」
え?
「ヘイゼル様、感服致しました。普通の技であろうと、努力の積み重ねによって絶対の必殺剣になり得るのですね」
……絶対の……必殺剣?
「断言致します。貴方のつばめ返しは普通を超えましたわ」
普通を……超えた。
「普通を超えたのですから、そのつばめ返しは超つばめ返しですわね!」
超つばめ返し……。
「更なる精進を期待しますわ。全ての〝普通〟が〝超〟に変わる、その日まで」
後にヘイゼルは、普通を乗り越える事に成功するのじゃが。
「あ、〝超〟副団長だ!」
「〝超〟強いそうだね!」
「〝超〟握手して下さい!」
「あ、はい……」
今度は「超」というワードに辟易する事になるのじゃが……それは少し先の話じゃ。
超・首だけ令嬢っ




