悟りを開く元親分っ
「とにかく、修行は修行。ちゃんとやって頂きますわよ」
「鬼! 悪魔!」
「血も涙もねえな!」
「リジー、わたくしは鬼でも悪魔でも無く、ハイエルフでシスターで撲殺魔です。モリー、涙はともかく、血が無いと死にます」
「え……」
「そ、そりゃそうだが……」
とにかく、こんなところで閉じ籠もっていても、何の解決にもなりません。
「二人とも、このまま修行を放棄するつもりでしたら……」
「「で、でしたら?」」
「……実験しますわ」
「「……は?」」
頭上にいっぱいの「?」が浮かんでいるのが分かります。
「わたくし、撲殺は一つの芸術だと思ってますの」
「「は、はい? げーじゅつ?」」
「芸術とは努力と研鑽の積み重ねによって、更なる高みへと成長していきます」
「は、はあ」
「撲殺に関する努力とは、一撃で確実に殺害する為の腕力を身に付けたり、的確に急所を突く正確性を磨いたり。そして研鑽とは、頭蓋骨を美しく砕く事で発生する血飛沫による一瞬の芸術への拘り。ああ、撲殺の行き着く先は程遠い……」
「モ、モリー? リファリスが危ない」
「あ、ああ。目がトロンとしてやがるぜ」
……あら? 少し陶酔してしまいましたわ。
「つまりですね、努力と研鑽にご協力願います、と言う事です」
「努力と研鑽に協力……」
「で、実験…………ま、まさか!?」
「教会の奥に、わたくしの実験部屋がありますの」
「わ、わわ私は修行しまする」
「姉御!?」
ガクガクブルブルなリジーは、タンクを背負ってダッシュで逃げていきました。
「ちゃんと売り切ったかどうか、確認しますわよ~…………さて、モリー。貴女はどうしますの?」
「……うーっ……」
モリーは究極の選択に表情を曇らせて歪ませます。
「シ、シスター、そもそも何で俺が売り子なんてしなくちゃなんないんだ?」
「奉仕に手を抜いた罰です」
「それはリジーの姉御で、俺はちゃんと」
「でしたらリジーが口走った事で、焦る理由はありませんでしょ?」
「あ、あれは、深い意味は無くてだな」
「深かろうが浅かろうが、焦ったという事は…………図星だったのでしょう?」
「うっ……」
何も言い返せなくなったモリーは、天井を見上げて息を大きく吐き。
「……分かったよ。女の子になる事を選んだのは俺自身だし、いい加減に男だった頃の拘りは捨てるべきなんだろうしな」
「でしたら……」
「ああ、やるよ、売り子。どうせなら姉御もシスターも吃驚するくらい売りまくってやるさ!」
少し興味が湧いたので、モリーをしばらく観察してみる事にします。
「さーて、おっ始めるとしますか…………麦酒如何ですか~」
あら、普段より声のトーンが高くなりましたわね。
「冷たくて美味しい麦酒如何ですか~」
「ねーちゃん、いっぱいくれ」
「ありがとうございます~!」
あら、普通に売り子してますわね。
「一杯ですかぁ?」
「だから、いっぱいだよ」
「え~、だったらコップに並々と入れちゃいますねぇ」
「むふ~、いっぱいじゃなくおっぱいでもいいかな~」
「やーだー、お客さんヘンターイ!」
「あはははは、ありがとさん。ほら、お代」
「ありがとうございます~……あれぇ、多いですよぉ」
「いいからいいから。とっときな」
「あ、ありがとうございます~! お客さん、大好き~!」
「あっはっは、また頼むよ」
「はーい、お待ちしてまーす……麦酒如何ですか~」
う、上手いです。酔っ払いのセクハラ男性を、見事にあしらいましたわ。しかもちゃんと売り込んで、お駄賃まで巻き上げるだなんて……!
「おーい、こっちにもくれー」
「はーい、ありがとうございます~」
また声をかけられましたわ。高い声ですから、よく通るのでしょう。
「……それが分かっていて、わざわざ高い声を?」
だとしたら、恐ろしく計算高いですわ。
「はい、銅貨二枚でーす」
「ねーちゃん、何かサービスしてよ」
「え~、サービスですかぁ」
出ましたわ、酔っ払いさんからの無茶振り。わたくし、三回は殺意が湧きましたわ。
「でしたら~……お代は銅貨二枚になりますニャン☆」
…………………………はい?
「か、可愛い……倍あげちゃうっ」
「ありがとうなのニャ☆ またお願いなのニャ☆」
「ムッハー!」
モ、モリー?
「お、おい、こっちにも頼む」
「こ、こっちもだ!」
「ありがとうなのニャン☆」
次々に注文が……!
「俺はツンデレで頼む」
「さ、さっさとコップ出しなさいよ!」
「はいよ」
「い、いっぱい注いじゃったのは、たまたまなんだからね。あんたの為じゃないんだからね!」
「ムッハー!」
な、何なんですの、あれ。
「うう……」
一時間後、ヘトヘトになってリジーが戻ってきました。
「どうでしたか?」
「や、やっとタンク空になった」
「そうですか。モリーは五杯目ですわよ」
「……え?」
「今々、五杯目を売り切って、そこで休んでますわ」
ソファに寝転んだモリーは……何か悟ったような表情を浮かべています。
「モリーはどうやら一皮剥けたようですわね」
「な、何があったと思われ?」
「そうですわね……ある意味モリーは男性の愚かさを知り尽くしている女性ですから、これは当然の結果かもしれません」
「……はい?」
リジーが居る事に気付いたモリーは、妖しげな笑みを浮かべ。
「リジーの姉御、ヤンデレならピッタリだと思うぜ」
「……はい?」
リジーを悟りへと誘い込みました。




