論破する撲殺魔っ
「ぬっ! お、お前は!?」
ある日、教会近くの公園で朝の奉仕をしていた時です。車椅子に乗せられていたお爺さんが、わたくしを震える指で差しながら何か叫ばれたのです。
「どうかしましたか、シャドーさん?」
「お前はああああぅおほげほがはげへっ!」
「はいはい、落ち着いて。お水飲みましょうねー」
シャドーさん…………ああ、あの時の。
「ゴクゴクゴク、はあ、はあ、はあ…………お、お前が何故にここに居るううう!」
「……家の近くですので」
「そ、そうか……」
会話が途切れましたので、再びホウキを動かします。
ザッザッ
今日も枯れ葉が沢山落ちてますわ。掃除が大変です。
サッサッサッ
「ま、待てえええ! お、お前、リファリスだろうがああ!」
「はいはい、シャドーさん、他人を呼び捨てにしちゃ駄目ですよー?」
「た、他人では無い! こやつはげへっ! ごぷぅ、ふがふが……」
「はいはい、また入れ歯が外れちゃったのねー、待っててねー」
再び甲斐甲斐しく介護されていますが……今更わたくしに何の用なのでしょうか。
「ふがふがむぐ……こりゃあ! 儂の事を忘れたとは言わせんぞお!」
ザッザッサッサッサッ
まだまだ奉仕の途中ですから、相手なんてしてられませんわ。
「シャドーさん、聖女様をお前呼ばわりしてはいけませんよ?」
「聖女? あの女がか? ぶ、ぶふひゃひゃひゃひゃひゃ! 笑わせてくれる、ひゃひゃひゃひゃひゃぐげほがはげへっ!」
「はいはい、お水ですねー」
そんなに話すのが辛いのでしたら、叫ばなければいいのに。
「ゴクゴクゴクゴクぐぴぃ!? げへげへげへぐずぅ!」
「あらあら、お鼻に水が入っちゃったの? はい、チーン」
「ぶ、ぶびぃぃぃ!」
……移動した方がいいでしょうか。
「ま、待て、エルフ風情が!」
ピクッ
「エルフがどうかしまして?」
「お、お前、儂が殺し損ねた、エルフの小娘だろうがぁ!」
「ですから、何の話ですの?」
「惚けるなああ! 七十年前、森の祠での襲撃を忘れたかああ!」
はい、よーく覚えてますわよ。
まだ聖心教に入信したばかりの頃、大陸中の教会を巡って、各地の牧師さんに教えを乞うて回っていたのですが。
(森の近くにあった祠で、身体の汚れを荒い流していた時、盗賊に襲われたのですわ)
まだ聖女の杖に巡り逢っていなかったわたくしは、仕方無く近くに落ちていた石で全員滅多打ちにし、生き返らせてから警備隊に突き出したのです。
「あの時の恨み、いまだに忘れておらぬ……!」
「あの、シャドーさんでしたか。罪の告白は、教会でお聞きしますわよ?」
「懺悔しておるのでは無い! 今こそお前を殺し、積年の恨みを晴らし」
「シャドーさん?」
「何じゃ、今は忙しいのじゃが」
「シャドーさあん?」
「じゃから忙しいと……ひぃ!?」
あら? シャドーとか言うお爺さんを連れていた女性の髪が逆立って……?
「シャドーさん……そんな事をなさってたんですか?」
「あ、いや、違うのじゃ。そ、それは……そ、そうじゃ! 儂、耄碌したのじゃ。勘違いじゃったのじゃ。おっかしいの~」
「聖女様、シャドーさんの過去をご存知で?」
「悪逆非道な盗賊団の一員でしたわ」
「……どのように悪逆非道で?」
「襲った男は皆殺し、女性は【いやああ】してから売り飛ばして」
「分かりました、もう大丈夫です……シャドーさんっ」
「ひ、ひい!?」
「貴方、そこまで非道な行いをしてたんですか!?」
「ゆ、許してくれい! わ、儂はもう改心したのじゃ! もう過去の行いは悔いておるのじゃ!」
「……その割には、わたくしに恨み辛み妬み満載だったようですが」
「ち、違うのじゃ! それとは別の件での恨み辛み妬みであって」
「あらああ、わたくしの全裸をご覧になったんですもの、恨み辛み妬みなんてありませんでしょ?」
全裸、という言葉ひ激しく反応したのは、車椅子を押していた女性でした。
「ま、まさかシャドーさん、聖女様を覗いて!?」
襲われた状況が身体を濡れタオルで拭いている時でしたから、当然全裸でした。
「覗いたと言うより、そうなるのが必然的状況じゃったと言うか」
「…………つまり、聖女様を襲った話は、本当なのですね?」
「むぐぅ!?」
あら、シャドーさんの様子がおかしいですわね。
「むぐぐぐぐぐっ」
「あ、大変。入れ歯を飲み込んじゃったみたいね……ほら、ほら!」
バンバンバン!
お腹を圧迫し、背中を叩いて入れ歯を吐かせようとします。
が。
「むぐぐぐぐぐ……ぐぐぐ……ぐぐ…………がくっ」
あらあら、大変。
「『癒せ』」
パアアア……
「……げ、げふぅ!」
ビチャ
「ああ、よく吐けたわね! 偉いねえ!」
「はあ、はあ、はあ……こ、この恨み、いつか晴らしてくれようぞ……」
わたくし、助けて差し上げたのですが。
「それよりシャドーさん。聖女様を覗いていた話、戻ったら詳しく詳しく聞かせてもらいますから」
「ひっ!? そ、それは誤解じゃ! 誤解なのじゃ!」
誤解と言うには、もはや手遅れな気が……。
「では聖女様、失礼します。シャドーさん、逝きますよっ」
「じゃから誤解……エルフの小娘、いつかこの恨みをををををを!!」
……今更なのですが、小娘と仰られますが、間違い無くわたくしの方が年上です。
シャドーさんが入っていらっしゃる介護施設、わたくしの教え子が理事長を務めていますが……最近は重罪人ばかり収容されているのは、何か理由があるのでしょうか?
ちなみに介護施設の名は「聖女の園」です。




