夢装具と撲殺魔っ
ああ、懐かしい町並みですわ。
「あ、聖女様だわ」
「お帰りになられたのですね」
「せいじょさまー!」
馬車から手を振って歓声に応えます。
「スゲエな、熊が馬車引いてるって言う光景に、誰一人驚かねえなんて」
セントリファリス以外でベアトリーチェは、初見では恐怖の対象でしたわね。
みゅーん!
「「「か、可愛い……!」」」
「旅立つ頃にはファンクラブができてた町もあったわね……」
実際ベアトリーチェ目当てに、セントリファリスに移住された方も居たとか居ないとか。
「せ、聖女様だ……」
「ますますデカく、いや、立派になられて……」
わたくしを見る一部の方が、妙にハアハアしていますが……?
「リブラ、わたくし背は伸びてませんわよね?」
「リファリス、上じゃなくて横に大きくなったのよ」
…………………………ほぉう?
「わたくしのどこを見たらぁ、横に大きくなったんですのぉぉぉ?」
「ちょ、リファリス!? 聖女の杖片手に太陽背にして迫らないでよ! 胸囲だって胸囲!」
え、胸囲ですの?
「そう言えば、最近ブラが合わなくなってきましたわね」
「微妙なんだけどね、大きくなってんのよ」
それにしても、何故再び大きくなったのでしょうか?
「あ~……何となく理由は分かった」
モリーには心当たりがあるようです。何でしょうか。
「シスターさぁ……リブラの姉御と……パヤパヤだよなぁ」
パヤパヤ?
「……あーー……そういう事か……」
リブラは何か分かったようで、頬を真っ赤に染めてしまいました。
「リブラの姉御、説明してやってくれ。今は女とはいえ、元男の俺にはハードルが高え」
はい?
「あー、うん。えっとね、リファリス。昔からね、刺激され続けるとね、そのね」
刺激され続けると……?
「あーのね、だからね、私とね、夜ね、ベッドでね」
夜……ベッド………………っ!!!?
「だからね、昨日の夜も」
ブオン! ゴギグワシャア!
「はぶゅひゃ!?」
「……赤い花火、ドーーーン……」
……御者のリジーのところへは……火花は飛ばなかったようです。
「……懐かしいですわね」
「まあ……ね」
「うむ、懐かしいでござーる」
「……俺は初めまして、何だが」
聖リファリス礼拝堂。少し古ぼけた外観はさらにボロさが増し……いえ、趣が感じられます。
「入りましょうか」
「そうね」
「入りマッスル」
「どうでもいいが、リジーの姉御の口調は何なんだ?」
ギィィ……
久し振りに礼拝堂の大扉を……。
ギギギギギギギギ
扉を……。
ギギギギギギギギギシギシギシギシィ!
「と、途中までしか開きませんわ……!」
「ま、前より開きにくいやね……!」
確かに建て付けは悪かったですが、ここまで酷くは無かった筈ですが……?
「「ふ、ふんぬぅぅぅ!」」
ギギギギギシギシバキィ!
「「きゃう!?」」
ズズゥン!
重い鉄の大扉が、外れてしまいました。
「い、いたたた……」
「な、何なんですの!?」
倒れた大扉によって、舞い上がった煙のような埃。
「な、何が……わぷっ!?」
あちこちに掛けられた、無数の蜘蛛の巣。
「な、何がどうなってんの!?」
驚くしかないリブラ。この礼拝堂は毎日掃除をしていた場所ですから、この惨状は想像もしていませんでした。
「リ、リファリス、確か枢機卿猊下が管理して下さってる筈じゃ!?」
「は、はい。魔王の奥様が」
「魔王の奥様? まさかカトリー・テレズナ様?」
「そうですわ」
「あ~……〝誇り高き貴婦人〟だおね?」
「そうですわ! 〝誇り高き貴婦人〟カトリーナ・テレズナ様ですわ!」
「……………………納得」
「何が納得なんですの!? リジーは何を知ってるんですの!?」
「何を知ってるって訳でも無く、リファリス達が誤解している事は分かる」
「誤解!? 何が誤解なんですの!?」
「誤解するような何かがあるの!?」
「まあ、簡単と言えば簡単。誇り高き貴婦人の誇りは、誇りじゃない」
「「……はい?」」
「あまりにも掃除嫌いなので、一ヶ月住んだら床に埃が高く積もる。だから埃高き貴婦人」
「…………え?」
本当に埃高くなった教会内を探し回りましたが、枢機卿猊下の御姿は無く。
『帰って来るって聞いたから、ダーリンのとこへ帰るね。では、あとよろ!』
……と書かれたメモを発見した時には白い法衣は黒く汚れ、自慢の髪には無数の蜘蛛の巣がついていました……。
「まさか、あのカトリーナ様が……」
ハタキで蜘蛛の巣を払いながら、思わず愚痴が出てしまいます。
「と言うより、何で私やリファリスの部屋まで埃まみれになってるのかな……」
それが一番不思議でなりません。
「あぅぅ!? 私のコレクションを飾る棚が、何故か煤まみれに!?」
「これ……どう考えても百年は経ってないと積もらない埃の量だぜ?」
一年も経ってない筈です。本当に、不思議でなりません。
「お祈りに来てる人もいなかったんじゃない?」
礼拝堂の椅子には、カビが生えていました。
「何度でも言います。何故にこれ程までに汚れているのでしょうか?」
後から聞いた話なのですが、魔族であるカトリーナ様は別名〝煤の女性〟と呼ばれており、身体を塵状にできる能力があるのだとか。
「つまり塵状になる度に埃やら煤やらが発生して、積もり積もっていったって事?」
……カトリーナ様が大量のメイドを雇っていたのは知っていましたが……理由がようやく分かりました。




