雨漏りと撲殺魔っ
……ポチャン
あら?
……ポチャン
「雨漏りですの?」
「ありゃりゃ。こりゃ恥ずかしいもんを見せちまって、恥ずかしいったりゃありゃしねぇ」
少し訛りのある女将さんが、幾つもの桶を持って走っていらっしゃいます。
「ど、どうなさったんですの?」
「このオンボロ宿屋はさぁ、ちょーっと雨降るだけでぇ、いっつもこんな感じなんだあ」
確かにオンボロさが……失礼しました、趣が感じられる外観でしたが。
「お手伝いしますわ」
「な、何を言ってるんだぁ! お客さんにそんな事はさせられねぇさ! どうか、ゆっくりしていてくんなせえ!」
バタバタバタ……
忙しそうに走り回られる女将さんを見送ってから、雨漏りする場所に近くに置いてあった空の花瓶を移動させておき、桶代わりにしておきます。
ここは名前も無い小さな漁村です。街道が土砂崩れで通行止めになり、急遽寄る予定が無かったこの漁村に避難し、唯一の宿屋さんにお世話になっているのです。
「あんらあんら、そりゃ大変だったなぁ。こんなボロ宿で良けりゃあ何泊でもしてってくんなせえ」
「ありがとうございます。助かりますわ」
突然の客を嫌がる事無く泊めて下さった女将さんは、旦那さんとお二人で宿屋を切り盛りしていらっしゃるそうで。
「もっすぐ旦那が漁から帰ってくっから、それまで待っててくんね」
……で、現在に至ります。
「リファリスさぁ、建物自体に回復魔術は使えないの?」
「無茶言わないで下さい。大体それができるのでしたら、うちの教会にとっくに使ってますわ」
「……確かに。雨漏り酷かったもんねぇ、リファリスの教会も」
結構年数が経っているわたくしの住んでいる教会も、雨が降る度に桶を持って駆け回るのが日常でした。
「どちらにしても、雨が止まない事にはどうしようもなりませんわね」
ポタポタ……
翌朝。雨はすっかり上がっていました。
「ではやってみましょう。リブラ、手伝って下さい」
「はいはい」
慣れた様子で梯子を上がっていくわたくしとリブラを見て、モリーが呆れた顔をしています。
「聖女様が屋根の修理かよ……」
「モリー、リファリスはああ見えて器用」
「見てりゃ分かるよ。梯子を上がってくのも様になってるしな」
梯子を上がるのも様になるのでしょうか。
「リファリス、ここに隙間があるね」
「あら、こちらにも。やはり腐ってますわ」
板を張られただけの屋根では、すぐに雨でやられてしまいます。
「こんな雑然と板を打ち付けてあるだけでは、雨漏りして当たり前ですわ……葺き直した方がいいですわね」
「葺き直すって……今から!?」
「あら、優れた剣士であるリブラでしたら、板の加工はお手のものですわよね?」
「また板を作らせる気!? 私の剣術は人を斬る為のものであって、大工の技では」
「今日は一緒にお風呂に入りますか?」
「お任せあれ」
近くの森から何本か木を切り出し、村の男性陣に運んでもらいます。
「ふぅ…………はあああああああああ!!」
スパパパパパパパン!
高速で振るわれるリブラの剣が、均等に板を切り出していきます。
「「「おお~!」」」
相変わらずの技の冴えに、男性陣からも歓声が上がります。
「リジー、古い板をどんどん外していって下さい」
「どんとこーい」
バキバキメキメキ ポイポイッ
何度か手伝ってくれているリジーも、慣れた様子で古い板材を剥がしていきます。
「土台は割としっかり組んでありますのに、どうしてあんな雑な板葺きだったのでしょうか……」
トントントントン
モリーに板を取ってもらいながら、慎重に板を葺いていきます。
「…………シスター、それで食っていけるんじゃねえか?」
「ボロ教会とボロ孤児院、何度も修理していれば流石に慣れますわ」
知り合いの大工さんに教えてもらったりもしましたしね。
トントントントン
均等に並べた板材の上に割り木を乗せて固定してと。
「すいませんが石を上げて下さいな」
「おうよっ」
わたくし達が板を葺いている間に、村の男性陣には手頃な石を集めて頂きました。
「では順番に……はい」
「おうよっ」
ドスッ ミシィ
「はい」
「おうよっ」
ドスッ ミシィ
「はい」
「おうよっ」
ドスッ ミシィ
「はい」
「おうよっ」
ドスッ ミシィ
「石で押さえてるんだ」
「まぁな。板葺きは風で飛ばされやすいからな」
「ふぅん。それよりモリーも屋根の葺き替え経験が?」
「つーかよ、板葺き屋根が一般的なんだから、自分ん家の屋根くらい葺き替えた事くらいあるだろ」
「未経験」
「え? あ、そうなんだ……リジーの姉御って、意外とお嬢さんだったり?」
「いや、単なる異世界人」
「そっか、それなら仕方無…………はああ!?」
何故かモリーが驚いている様子ですが、どうしたのでしょうか。
「ありがとうねえ。こんなに見事に屋根葺き替えてもらったんだから、宿代は頂けねえさぁ」
いえいえ、お安い御用ですわ。
「それより土砂崩れはどうなりましたか?」
「あー、あれね。更に崩落の危険性があるからって、二三日通さないらしいよ」
「そうですの!? それは困りましたわね」
「急がれるんか?」
「いえ、泊まる場所が」
「だったら家さ泊まっていきなされ。屋根葺き替えてもらったお礼さね」
「……宜しいんですの?」
「どうぞどうぞ。それに、もう列になってるしなぁ」
列?
「次は家を」
「いんや、家を」
「雨漏りでどうしようもならないんだよ」
ズラリと並ぶ村の皆様……ま、まさか、全部葺き替えしなくちゃならないんですの!?
出発できたのは二週間後でした。




