呪いオタクで根暗なキツネ娘っ
「…………」
リリーさんが昇っていった筈の空に向かい、来世での幸福を願います。
「……ふう。これで巡礼の旅も終わりですわね」
後ろに居るリブラも空を見上げています。
「終わったんだ……何か全然実感が無いけどね」
「それはわたくしも同じですわ。過ちを悔いて、その贖罪の為に始めた巡礼だったのですが」
「贖罪……できたの?」
「さあ……正直に言いますと、実感はありません。ただ」
「……ただ?」
「リリーさんを救えたのでしたら……意義のある巡礼だったと思えますわ」
「……そっか」
「はい。で、リブラ。貴女は何か掴めましたか?」
「私? 私は……」
自分の身体を抱き締めながら。
「大切なものを……取り戻せたから、それで充分」
……そうですか。
「言われてみれば、リジーは女郎蜘蛛の鎧、モリーは聖剣の欠片から作られたナイフ、そしてわたくしはこの聖女の杖」
聖剣の欠片が刺さり、威力を増した杖を見ながら……この巡礼の旅、全員が何気にパワーアップを果たしていた事に、今頃になって気付きました。
「これも……全て主のお導きなのでしょうか」
そうなのでしたら……主は何と偉大なのでしょうか。
「さあ、セントリファリスへ帰りますわよ、ベアトリーチェ」
みゅうううん!
外で待機してくれていたベアトリーチェが、わたくしに擦り寄ってきます。
「って、居たの、ベアトリーチェ!?」
「……どうかしまして?」
「いやいや、しばらく姿見なかったから」
「そう言えば、いつの間にか居なくなってたと思われ」
「言われてみれば、途中は何故か歩きだったよな」
ああ、言ってませんでしたわね。
「聖陵の近くが、ベアトリーチェの故郷なのだそうです。で、里帰りを」
みゅうううん!
「こ、故郷!?」
「熊に故郷だなんて概念あるの!?」
…………みゅ?
「あ、いえいえ、ごめんなさい。そう言うつもりじゃ無かったのよ」
「うい、私も同じく」
「いやいや、思いっ切りこき下ろしてたな、あの言いようは」
「「モリーが裏切った!?」」
みゅん!
ぺしっ
「「ぶべぇ!」」
ベアトリーチェに殴打されて、潰れる二人。
「ベアトリーチェ、いけません」
みゅん!?
「お手する時は頭から、思いっ切り振り下ろして撲殺ですわよ」
みゅうん!
「リ、リファリス、それって死ぬって」
「撲殺と言うより、殴殺」
「ベアトリーチェを侮った報いですわ。命があるだけ幸運だったと思いなさい」
「あ、あの、非常に痛いので、回復をお願いしたいのですが」
「右に同じと思われ」
「でしたら、ベアトリーチェに言う事が何か無くって?」
「ベアトリーチェ、ごめんなさい」
「すまそ熊太郎」
みゅん!?
ベアトリーチェはリブラを優しく抱き上げて、肩をトントンと叩きます。
「痛い痛い折れるぅぅ」
……トントンでは無くズシィンズシィンでしたね。
……みゅん
「え」
みゅみゅん!
ぺしっぺしっ!
「ごぶぁ!?」
更なるお手がリジーに襲いかかりました。これは……そろそろ復活に切り替わりそうですわね。
「すみませんでした、熊太郎じゃなくてベアトリーチェ!」
みゅぅぅん……
頭上に迫った爪は、ミリ単位のところで止まりました。
「リジー、貴女も【脳みそバーン】になりたいんですの?」
「全力で否定させて頂きます!」
「でしたら二度と熊太郎と言ってはなりません。相手が気に入らない呼び名で呼ぶのは、慈しみの心を忘れた証拠ですわよ」
「へいへい」
……全く反省してませんわね。
「でしたら今日一日、リジーの事は呪いオタクで根暗なリジーちゃん、とお呼びします」
「…………はい?」
「では、呪いオタクで根暗なリジーちゃん、ちゃんと反省しなさいな」
「え、待って。それ本気なの?」
「本気ですわよ。ねえ、皆さん」
「そうよ、呪いオタクで根暗なリジーちゃん」
「そうだぜ、呪いオタクで根暗なリジーちゃん」
「…………べ、別にいいもん。どうせ一時間もしないうちに飽きるだろうし」
あらああ、分かってませんわね。
「リブラ、モリー。ちゃんと呪いオタクで根暗なリジーちゃん呼びしなかったら、問答無用で撲殺しますので」
「「ひぃ! わ、分かりました!」」
「死の恐怖に打ち勝ってまで、飽きる事ができますかしら?」
「徹底してる!?」
その後も。
「ちょっとリジー」
「はい?」
「あっ!? じゃ、じゃなくて呪いオタクで根暗なリジーちゃん、それ取って」
わたくしの監視の下。
「なあ、リジーの姉御」
「はぁい?」
「あぅ!? 違う違う、呪いオタクで根暗なリジーちゃん、ちょっと付き合ってくれ」
徹底的な呪いオタクで根暗なリジーちゃん呼ばわりは続き。
「呪いオタクで根暗なリジーちゃん、おはようございます」
……ついに。
「リファリスゥゥゥ! 私が悪うございましたぁぁぁ! だからその呼び方はマジ勘弁んん!」
「でしたら、二度とベアトリーチェを熊太郎呼ばわりしませんわね?」
「しません!」
「はい、分かりました。ではこの時をもちまして、呪いオタクで根暗なリジーちゃん呼びは解除致します」
「よ、良かったぁぁ……」
「良かったわね、呪いオタクで根暗なリジーちゃん……あ」
「良かったな、呪いオタクで根暗なリジーちゃん……あ」
あら。
「う……うわああああん!」
しばらくリブラとモリーは、呪いオタクで根暗なリジーちゃん呼ばわりから抜けられませんでした。
「リファリスゥゥゥ!」
「自業自得ですわよ、呪いオタクで根暗なリジーちゃん……あ」




