仮師範代の撲殺魔っ
「稽古をつけてほしい、とはどういう事ですの?」
「言葉通りの意味です。聖剣流仮師範代としまして、一週間程度で構いませんので、弟子達を鍛えてほしいのです」
鍛えてほしい……と言われましても。
「わたくし、剣術はからっきしですわよ?」
「分かっております。大変失礼な物言いではありますが、剣術の指導をお願いするのでしたら、他流のリブラ様にお願いするでしょうね」
でしょうね。わたくしが師範代の立場にあっても、そう判断しますわよ。
「私が望むのは剣術では無く、生きるか死ぬかの瀬戸際というものを、弟子達に体験してほしいのです」
……それはつまり……。
「全員撲殺すれば宜しいんですの!?」
「違います。それと嬉しそうにしないで頂きたい」
あら、本当に残念ですわ。
「申し訳ありませんが、聖女様には敵役になって頂きたいのです」
はい?
マッシュ坊や……いえ、師範代様の提案を簡単に言ってしまえば、命懸けの鬼ごっこ……となるのでしょうか。
「聖女様は武器を携帯し、弟子達を本気で追いかけて頂きます。そして捕まえた場合は……」
「捕まえた場合は……本当に撲殺しても」
「駄目です! 本当に殺してしまっては、稽古の意味が無いではありませんか!」
……でしたら、お受けする価値は……。
「もし引き受けて頂けるのでしたら、私が所有します『主の一筆書き』を進呈致します」
なっ。
「ほ、本物ですの!?」
「はい。我が流派に代々伝わっている逸品ですので、間違い無いかと。
ふっふっふ、久し振りに解説してしんぜようぞ!
主の一筆書きとは…………まあ、そのままじゃな。主がお書きになったと伝わる書じゃ。
む? さいんみたいなものか、じゃと? さいんが何かは分からぬが、とにかく主がお書きになった何か、じゃよ。
「仕方がありませんわ。不本意ではありますが、わたくしは貴女達を地の果てまで追い詰めなくてはなりませんの」
「「「……師範代、何故に聖女様が?」」」
「聖女様の別名を知っているか?」
全員同時に首を左右に振ります。それにしても、息がピッタリですわね。
「聖女様は〝紅月〟とも呼ばれている」
「せ、聖女様が!?」
「紅月ってセントリファリス周辺に出没する、連続撲殺魔だったよな!?」
「ほ、本当なんですか!?」
「さあな。それはお前達自身が肌で感じてみれば良い」
「「「は、肌でって……」」」
「な、何だ?」
「聖女様のエキスを全身で感じた師範代と」
「待遇の違いを嘆いていただけです」
わたくしのエキスって何ですの!?
「それより師範代。その訓練、私達には何も無いのですか?」
「何も、とは?」
「鼻先に人参をぶら下げて頂ければ、やる気も違ってくるのですが」
「鼻先の人参だと? 実戦という得難い経験はまさに人参以上だろうが」
「いえ、そう言う抽象的なものでは無く」
「何か目に見える物で、人参……いえ、ぶっちゃけ褒美が欲しいと言うか」
目に見える何か、ですか。
「ならばわたくしの説教を一時間」
「「「謹んでご遠慮申し上げます」」」
何故ですの!?
「ならば、私の署名入り木刀を」
「要りません」
「ゴミと一緒に処分しなくちゃならないだけ、無駄です」
「風呂の焚き付けにも使えない」
ボロクソですわね。
「~っ……だ、だったら、何が良いのだ?」
「そうですねぇ……」
お弟子さんの一人がニヘラっと笑います。
「だったら、俺達も師範代と同じ体験をしたい、とか?」
「私と同じ体験…………ま、まさか、聖女様と入浴…………調子に乗るなぁ、小童共がああ!」
「「「ひぃ!?」」」
す、凄まじい迫力。流石は師範代様ですわね。
「言うに事欠いて、そのような破廉恥な望みを……しかも聖女様相手に! 恥を知れ、恥を!」
「そうですわね、恥を知るべきですわ」
「ぐ……」
その台詞、マッシュ坊やが語れるものではありませんわ。
「と言うより、わたくしは構いませんわよ?」
「「「………………え?」」」
「ですから、構いません、と言っているのです」
それを聞いたお弟子さんの一人が、恐る恐る聞いてきました。
「あ、あの、私達と……お風呂に入って頂けると?」
「はい、そう言っています」
「「「うおおおおおおおおっ!?」」」
師範代様が驚愕したまま、わたくしに駆け寄ってきます。
「せ、聖女様、流石にそれは」
「但し、わたくしから一時間以上逃げ回った方に限りますわよ?」
「「「勿論です!」」」
「でしたら、全然構いませんわよ」
「「「うっしゃあああ!!」」」
ふふ、凄まじいやる気ですわね。
「聖女様、流石にそれは」
「あら、全然構いませんわ。だって」
捕まえてしまえばいいのでしょう?
「では、始め!」
「聖女の戒『茨』」
ピシュルルルッ!
「はい、捕まえました」
「ふう……良い湯ですわね」
「「「はい、聖女様!」」」
女湯で温泉を堪能するわたくしに、お弟子さん達が同意してくれました。
「はああ……聖女様、お美しい」
「わ、私、自信無くなるわ……」
「いえ、あれは目標よ。私達が到達すべき究極の一よ」
「そ、そうね。いつか辿り着くべき道標」
聖剣流には、女性の武芸者が多いのですね♪
「し、師範代ぃぃ!」
「何故男しか捕まってないのですかああ!」
「しかも蔦で捕まえるってありなんですかああ!」
「聖女様……これでは訓練になっていません……」
その頃、訓練場では。
泣き咽ぶお弟子さん(但し男性)と、頭を抱える師範代様の姿が見受けられました。
昨日は遅くなってすいませんでした。




