聖女様の閑話
「新女郎長、では一献」
「……あの」
「……私のお酌では飲んで頂けないのですねぇ……よよよ」
「分かった、分かりましたわ! 一杯だけですわよ……ごくんっ」
「そう言わずに、もう一献如何?」
「ですから、ヒック」
ブツッ
……わたくしが頬を染めて下を向いた瞬間、映像が止まりました。
ピシッ!
「はい、ここからが重要です!」
ガリガリガリッ
遊女さん達が机に座り、一生懸命ノートに何かを書き込んでいます。
「この『ヒック』が最初のサインです! この『ヒック』が出た時点で、行動を開始して下さい」
ガリガリガリッ
キュキュッ
幾人かは赤いペンで囲っていらっしゃいます。
「ですが、ここで性急に抱き付いたりしますと……はい、しくじり映像!」
ブツッ
「聖女様、私、私ぃ!」
「な、何をなさるんですの!? セクハラ許すまじ! 天誅天罰滅殺瞬殺撲殺!」
バガガガガガッ!
「うぎゃああああああっ!!」
ブツッ
「……と、なります。相手は場合によっては凶暴になりますので、細心のご注意を」
あの映像……わたくし、よーく覚えているのですが……?
「では、次の段階です。映像続きます……さっきの第一『ヒック』の後からです」
……何なんですの、第一ヒックとは。
ブツッ
「あら、少し酔われましたか?」
「いえ、そんなには」
「そうですか、では一献」
「で、ですから、わたくしはあまり飲めないと」
ブツッ
「はい、ここで皆さんに聞きましょう。この後はどうしますか?」
「はい!」
「はい、前列の一番端の方」
ガタッ
「はい。もう一度よよよ攻撃で様子を見ます」
「成る程……では斜め後ろの眼鏡の方」
ガタッ
「はい。そろそろ行動に出るべきです。背後に回り込み、バックからハグします」
「……その根拠は?」
「第一『ヒック』から後、聖女様の頬はかなり赤くなっていますし、目も据わってきています。これならバックも取れます」
「しかし、聖女様は百戦錬磨です。そう簡単にバックが取れますか?」
「確かに聖女様は百戦錬磨ですが、武術家ではありません。通常でも盗賊の待ち伏せにいち早く気付くのはリブラ様ですし、そこまで鋭敏ではないと思われます」
「成る程。では正解映像をどうぞ」
ブツッ
「で、ですから、わたくしはあまり飲めないと」
「そう言わずに……さあ」
サッ
「えっ」
ギュッ……
「な、何を、なさるんですの」
ブツッ
「はい、貴女は正解です。お見事でした」
「ありがとうございます」
「しかし最初に答えてくれた貴女、きびきびと意見してくれる態度は立派です」
「はい、ありがとうございます」
……あの映像も、凄く覚えがあるのですが。
「とにかく、ここで最大の難関であった『聖女様のバックを取る』という段階をクリアしました。これで八割方攻略完了ですが……ここからは実践編です」
と講師の遊女さんが、先に矢印が付いた棒で一時停止中の映像を指し示します。
「いいですか、最初に耳や首筋にいきがちですが、聖女様の場合は逆効果の可能性があります。ですので」
矢印が移動し、大きく映し出されたわたくしの胸の頂点をパンッと叩きます。
「最初はここ! ここを一摘まみするのです! 重要ですよ、これは」
ガリガリガリッ
キュキュッ
……一心不乱にノートに書き込んでいらっしゃいます。
「では、その反応を見てみましょう」
ブツッ
「聖女様……」
キュッ キュッ
「はあああああああああああん!!」
ブツッ
「はい! 分かりましたね、皆さん!? ここ、この反応が重要なのです!」
ガリガリガリッ
キュキュッ
「少し仰け反っていますね! そして、何より声! 明らかに艶が入った声! これはもう完全に聖女様が堕ちた事を示しています!」
み、見ていても聞いていても、恥ずかし過ぎますっ。
「宜しいですか、皆さん? ここからも慎重に攻めなくてはいけません。一歩間違えば、即〝紅月〟降臨、即撲殺ですからね」
「はい!」
「はい、三列目の中心の貴女。何か質問ですか?」
ガタッ
「はい。そのまま胸を攻めるだけではマンネリです。同時に耳や首筋を舐めて攻めるべきではありませんか?」
「はい、良い質問です。ここは聖女様の種族を考えてみましょう」
「え、聖女様は……」
「ハイエルフ、ですよね」
「その通りです。ではハイエルフの最大の特徴とは?」
「えっと……尖った耳でしょうか」
パチパチパチパチ!
すると講師の遊女さんが、一人で拍手し始めました。
「素晴らしい! ブラボー! その通りです!」
「あ、あの……?」
「ハイエルフ最大の特徴、尖った耳。そしてそれは、ハイエルフにとっての誇りなのです!」
「誇り?」
「はい。そんな誇りを突然舐められたりしたら……どんな反応をするでしょうか?」
「あ……」
「誇りを……穢すようなものですね……」
「その通り! ですから、次の一手は舐めるのではなく……」
ブツッ
「聖女様……ふーっ」
「はああああああああああん!!」
ブツッ
「息です! 息を吹きかけるのです!」
「な、成る程!」
「これならクリティカル確定ですね!」
たまたま講義の存在を知ったわたくし、こっそり覗き見。その後もアレな映像を流しながら、講義は続いていきます。
「あの講師さん、四夫人の一人ですわよね」
つまり、先日押し倒された時の……。
「あれを、遊女の皆さん全員が共有……」
…………。
それ以降、わたくしは花街に近寄る事はありませんでした。
明日から新章です。




