女郎長と撲殺魔っ
真っ暗な視界の中には、微かにではありますが外の光景が映ります……そう、わたくしは『透視』もできるのです。
(花街の中枢は……あの塔では無いのですね)
花街のシンボルともなっている見張りの塔は、逃げ出す者や忍び込もうとする者が居ないか、魔術を使って監視する為の塔です。
(あんな大魔術、わたくしでも無理ですわ)
その塔の近くに女郎長が居るとばかり思ってましたが……。
(どんどん路地裏に入っていく……?)
「リファリス様、ここからかなり揺れやす。お気を付け下せえ」
「ありがとうございます」
男性の言う通り、籠は急に角度が斜めになりました。
(あら……籠は斜めになっていますのに、前に猾りませんわね)
この籠、乗っている者にはかなりの親切設計ですわ。おそらく上客用の……。
「申し訳ありやせん。ここからは歩いて頂きやす」
「はい」
ある程度進んだ場所で籠から丁重に降ろされ、そのまま手を引かれていきます。
「一旦止まって下せえ……この三歩先に扉がございやす。三回ノックしてから、中に入って下せえ」
「分かりましたわ。ご案内、感謝致します」
「では失礼しやす」
……サイゾー様含め、全員素直に引き上げていきます。
「……わたくし、信用されてますのね……」
改めて思い知らされます、聖女の名の強さを。
コンコンコン
ガチャ ギィィッ
カッカッカッ
「止まって下さい」
部屋に入って三歩程進んだところで、再び足を止められます。
「聖女様と我々とのご契約は?」
「監視と治安維持」
「他には?」
「遊女達の人権の尊重」
「……それだけですか?」
「それ以上、望む事がありまして?」
そこまで言うと、張り詰めていた空気がフッと緩みました。今のは合い言葉なのです。
「もう外してもいいぜ」
そう言われてすぐに、目隠しが外されます。
「……っ」
眩しさで思わず薄目になった先には、ゆったりとした服装の男性がソファにふんぞり返っているのが見えます。
「済まなかったな。最近俺の命を狙ってくる輩が多くてな」
「いえ、立場的に仕方無い事ですわ。で、貴方様が?」
「ああ、俺がこの花街の女郎長、ケンムだ」
ケンム……聞いた事はあります。
「わたくしはシスターリファリス。聖女の名を拝命しております」
「ああ、知ってるよ。式の時には俺も参列してたからな」
ああ、それで覚えがあったのですね。
「で、何の用だ?」
「情報が欲しいのです」
「情報? 聖女様が必要とするようなもん、俺から提供できるとは思えねえが」
「わたくしの弟子の手荷物を置き引きした方を探しています」
「……詳しく話しな」
具体的な状況を話しますと、ケンム様の眉間に段々と深いシワが掘られていきました。
「……またあのガキ共か……おいっ!」
「……へい、お呼びで?」
「聖川のガキ共を全員連れて来い。一人残らずだ」
「承知しました」
「……済まねえ、少し待ってくれるか」
「はい。ですが、くれぐれも」
「分かってる。ガキ相手に手ぇ出したりしないさ」
ガタガタ ゴトトッ
「連れて来ました。四十六人、全員です」
「ご苦労。下がれ」
「へい」
わたくし達の前には、下は五六歳、上は十五歳くらいの子供達が座らされています。
「……親分。俺達、何も悪さしてねえぜ」
「別にお前らが掟を破ってるなんて思ってねえよ。ただ、聖川で盗んだ荷物の持ち主の一人が聖女様だったってだけだ」
「え、聖女様!?」
子供達の視線がわたくしに集中しましたので、ニッコリ微笑んで応えます。
「ほわぁ、綺麗……」
「絵にも書けない美しさって本当だな」
「デッカい! デッカいなあ!」
「何がデカいってのよ、この変態!」
「うるっせえ、このペチャパイ!」
「ガキ共、黙れ」
「「「はい、親分!」」」
「賑やかで良いではありませんか」
「賑やかじゃなくて、うるせえってんだよ。たく、聖女様が余計な事をしてくれたお陰で、俺達は子守までしなくちゃならなくなったんだぜ?」
「そういう契約でしてよ?」
「わあってるよ……聖心教強硬派の介入を防いでくれた恩、きっかりと返すさ」
まあ……わたくしと花街との間では、色々とあったのです。
「で、荷物だったな。何か特徴は?」
「川沿いにいた妖精族の女性ですわ」
妖精族と聞いて、二人組が勢いよく立ち上がりました。
「はい、私達です!」
「はいはい、私達です!」
「リアンの双子か。また魔術で眠らせたんだな?」
「はい! 妖精さんに効くか分かりませんでしたけど」
「はいはい! 見事に効いてグッスリだったので、全部剥いできました!」
妖精族には魔術は効きにくい筈なのですが……双子さんが手練れなのか、モリーが油断していたのか。
「どちらにしても、荷物を返して頂けますか? ああ、衣服と下着以外は差し上げますわ」
「「いいの!?」」
「わたくしの弟子にも良い経験になりますから……但し服だけは」
「はい! 返します」
「はいはい! どっちにしても、処分に困ってた」
そう言って双子さんは部屋から飛び出していかれました。
「……ケンム様、あの子達も」
「無論、学校には行かせてる。ちゃんとカタギで生きていけるように教育してるさ……ただよ」
「はい?」
「自分達の生活費は自分達で稼ぐってのが、うちの流儀でな」
……それで置き引きを許すのは、如何なものかと思いますが……。
「違法行為は程々に」
「……分かったよ」




