聖女様の幕間っ
ずっと一人暮らしのシスターじゃが、今度からリブラと言う見習いシスターが一緒に住む事になったのじゃが……おそらく毎日が大騒ぎじゃの。
「この世界に光が溢れん事を……」
わたくしの一日は明朝のお祈りから始まります。
「ふわああ……おはよう、リファリス」
「…………リブラ、早朝のお祈りは?」
「え、何それ?」
「昨日、きちんと教えておきましたわよね?」
「えー、そうだったっけ。ごめんなさい、明日から気を付けます」
……まだ一日目ですから、仕方無いですわね。
「……ふう。では今日も一日献身致します」
「あー、そうだったわ。朝のお掃除ね」
お祈りが終わると、ホウキを手に教会前の表通りへと移動し。
サッサッ ザッザッ
ブォンブォン バサアアッ! バサアアッ!
熱心に落ち葉やゴミを掃き集めます。これをわたくしは毎朝の習慣にしております……が。
「リブラ、ホウキを振り回せばいいのではありません。せっかく集めたゴミを吹き飛ばしてどうするんですか」
「あ、ごめんなさい。私、掃除って初めてだから」
「あ、貴女、普段の生活中で、一切掃除をしなかったんですの!?」
「ええ。侍女が全てやってくれましたから」
……そう言えば侯爵夫人でしたわね。
「聖女様、おはようございます。朝から精が出ますね」
あら、いつもの衛兵さんですわね。
「おはようございます。それと、毎回訂正しますが……」
「わたくしは聖女ではありません、ですか?」
「……その通りですわ」
何故かわたくしを聖女として奉ろうとする方々が多くて困っているのです。毎回訂正するのですが。
「毎度の事ですがね、聖女様以上に聖女様らしい聖女様はいらっしゃいませんよ?」
「聖女様以上の聖女様と言われましても、比較対照できますの?」
「あははは、そりゃ無理だ」
「うふふ、面白い方ですわね」
「そうね、面白い方みたいね」
「おや? 修道服という事は……見習いですか?」
「ええ。リブラと申します」
「えっ!? ま、まさかリブラ侯爵夫人!?」
お葬式が済んだばかりですから、リブラの事を知っている方は多いのは想像できました。
ですので。
「はい、生前は姉がお世話になりました」
「あ、姉? まさか、リブラ侯爵夫人の妹さん?」
「はい。姉があのような非業な最期を遂げましたので、せめて安らかに眠れるように、と」
「それはそれは、随分と姉想いの妹さんで」
「ええ。ですので、いつでも世俗に戻れるように、見習いとさせています」
リブラが新しい身体に馴染むまでの措置、と言うのが本当の理由です。
「そうですか、ならば頑張って下さい」
「はい、見回りご苦労様です」
何故か機嫌良く歩いていく衛兵さん。毎朝声を掛けて下さるのは励みになりますわ。
「あああ、そうだったそうだった!」
それが何かを思い出したらしい衛兵さん、急停止と急反転を同時に行って戻ってらっしゃいました。
「毎回ですが、足首は大丈夫ですの?」
「大丈夫です大丈夫です!」
本人は大丈夫だと仰ってますが……念の為に。
「『回復の奇跡』」
パアアアア……
「あ……」
わたくしの手から放たれた魔力が衛兵さんの足に絡み、異常がある箇所を修復していきます。
「やはり今の急激な動きは、足首にかなりの負担だったようです。毎回言っていますが、あまり無理は為さらないように」
「あ、はい! ご面倒をおかけしました!」
更に顔を赤くしながら、深々と頭を下げられます。あら、耳まで真っ赤。
「お熱、あるんじゃありませんの?」
おでこに手のひらを当ててみます。
「ひうっ!」
あら……熱いですわね。
「あ、でもわたくしの手のひら、冷たくなっているかもしれませんわね」
全身真っ赤になりつつある衛兵さんに近付き。
「はい、待った待った」
おでこで熱を確かめようとすると、リブラに止められます。
「リファ……じゃなくてシスター、この方が発熱してみえるのは、違う理由ですから」
「え? そうなんですの?」
「そうですよね、衛兵さん?」
「あ、え、う」
「そうですよね、衛兵さん??」
「は、はい、そうかも」
「…………下心見え見え」
「っ!? よ、用事を思い出しましたので、これにて失礼致しますっ!!」
バヒュンッ!
「あら……衛兵さん、急に行ってしまいましたわね」
「急用でもできたんじゃない?」
「……それよりリブラ、人前ではわたくしの事は」
「あー、ごめん。見習いって立場上、名前で呼ぶのは変だってんでしょ。気を付けるわ」
リファ、まで出掛かってましたわよ。
「そう言えば衛兵さん、何か用事があったのでは?」
朝の奉仕が終わり、軽く朝食を終えてから。
「えー、野菜だけじゃない。お肉食べたい、お魚食べたい、お菓子が食べたい!」
「……貴女はシスター見習いなのですよ? 分かってらっしゃいます?」
「え、建て前でしょ?」
「教会内に居る以上は、清貧を常に心掛けて下さいね」
「うー……わ、分かったわよ」
多少我が儘は言いますが、リブラも努力してくれています。ふふ、慣れれば野菜だけでも美味しくなるものですわよ。
そして、いつものように。
ギィィ……
「皆様、お待たせ致しました。本日のお務め、始めさせて頂きます」
聖心教の重要な教義である懺悔の奉仕を行います。
「聖女様、オレの罪をお許し下さい」
「聖女ではありませんが、主の威光によって貴方の罪が浄化されん事を」
人々が生きている中で起こしてしまった些細な過ち、心に刺さったままの「罪」という名の棘を抜いて差し上げる。それもわたくしの重要なお務めなのです。
「い、妹に意地悪しちゃってごめんなさい!」
「反省できるかどうかが重要なの。だから君は大丈夫よ」
「うん、ありがとー!」
「よーし、今日は今までいじめちゃった分、妹ちゃんと思いっきり遊んであげよう!」
「分かったー!」
人々の懺悔を聞き、許し、諭す。それを繰り返す事が、わたくし自身を陶冶していくのです。これも神にお仕えするわたくしの、修業の一環なのです。
しかしリブラ、貴女はシスターでは無いのですから、懺悔の奉仕をする必要は無くってよ?
「次は君か。どんな懺悔?」
「ボク、ボク、好きな子に意地悪しちゃうの。どうすればいいの?」
「あー、それはね……」
但し、小さい子限定なのは微笑ましいですわ。
お昼近くに差し掛かり、最後の方が礼拝堂に入っていらっしゃいました。
「……聖女様?」
「違います。わたくしは聖女を名乗る資格はありません。一介のシスターに過ぎませんわ」
「……いや、俺にはあんたが聖女様だ……」
そう言うとわたくしの前に進み、突然片膝を着きます。
「貴方は……確か」
「以前にシスターにお世話になった、肉屋だ」
「ああ、やはりあの時の。今日はどうかなさいましたか?」
数分間の会話の後、少しだけ表情が明るくなった男性は、椅子に腰掛けて下さいました。
「さて、これで落ち着いて話ができますわね……では懺悔の奉仕を始めましょう」
「そ、そうだ。俺は、俺は、何という罪深い事を……!」
「大丈夫ですわ、わたくしが出来る限りお助け致します」
少し涙目になりつつある男性は、ポツリポツリと罪の告白をなさいました。
「お、俺は、今はラッツ食肉店に勤めていまして」
ワット食肉店が無くなり、町一番になったお肉屋さんですわね。
「そ、そこの大将が……」
まさか、また何か事件に巻き込まれましたの?
「滅茶苦茶良い人で」
「はい?」
「俺には……俺には……勿体ないくらいに良い大将で……」
「はい」
「一体どうしたらいいのか」
「はい?」
「この想いの全てを、どうやって伝えたらいいのか」
あの、ええっと?
「はいはいはい、そういう相談はシスターにはしちゃ駄目」
「え?」
「シスターの代わりに私が聞きましょう。で?」
「あ、あんたは?」
「通りがかりの見習いよ。で?」
「な、何であんたに相談しなくちゃならないんだ?」
「立場は違えど、状況は似たもの同士なのよ」
「で、ではあんたも?」
「そう。想いを伝えたくても伝えられない辛さ、私なら理解できるわ」
それを聞いた男性は、頷いてから、再び泣き崩れました。
「……お肉屋さん……リブラと意気投合しましたわね……」
普段は優しい聖女の顔に、疑問符ばかりが浮かんでおった。聖女様には、この方面の相談はできぬじゃろな。
明日から新章ですので、どうか高評価・ブクマをよろしくお願いします。




