誤解を解く首だけ令嬢っ
「え? 別に家の中に閉じ籠もる必要は無い?」
やはり、知らなかったのですね。
「は、はい。名前が沈黙祭だからって、一日中静かにしていなさい、という祭りでは無いです」
リブラの解説を聞く間、わたくしは「やっぱり……」という感想を抱かずには居られませんでした。
「田舎の町や村にはこの誤解は多いんですよ、あははは……」
リブラが言っている誤解云々は、巡回説教者経験者あるあるの一つでもあります。原因は何と言っても、サイレンスという祭りの名前そのものであるのは間違いありません。
「だってなあ。沈黙する祭りなんだから、一日中家で静かに籠もって祈り続ける日なのかと……」
そうなのです。厳しい戒律も多い宗教ですので、こういう祭事があっても違和感が無いというのも、誤解が生じる原因の一つでもあるのです。
「牧師が沈黙してしまう程に見惚れる何かが起き、それを見せてくれた主に対して感謝の祈りを捧げた……というのが由来ですから、本来は教え導く者達の中でのみ行われていた祭りだった……みたい」
それが民間にも広がっていき、サイレンスと言う祭りが一般化したのです。
「そ、そうだったんだ……勉強になります」
「そ、それじゃあ、一日中祈ってなくてもいいんだ。お外で遊んでもいいんだ、わーい!」
「な、何だ。だったらサーキットライダー様が教えて下されば良かったのに」
そうなのです。サーキットライダーの仕事で重要な事は、こういった誤解を訂正して回る、というものもあるのです。
ある島国では長年に渡って聖心教が迫害され、信者の皆様はこっそりと主からの教えを伝え続けていました。そしてそれは数百年後、サーキットライダーによって発見されるまで続けられたのです。
が、発見したサーキットライダーによると、彼らが伝え守り続けてきた教えは、もはや聖心教とは別物と言えるくらい変わってしまっていたそうです。
極端ですがこんな事もあり得るのですから、定期的にサーキットライダーにが地方の信者と交流を持たないと、サイレンスのような誤解が生じてしまう結果になるのです。
「と、とにかく、これよりサイレンスは厳粛な祈りの儀式では無く、飲んで食って踊り騒ぐ、皆が楽しむ祭りになるのですっ」
わあああっ!
リブラの宣言に、村の皆様から歓声が上がりました。やはりこんな窮屈な祭りは御免だったのでしょう。
「あっはははは! なあんだ、知ってたらこんな事にはならなかったのにねぇ」
「子供の頃から、サイレンスって一年で一番嫌いな日だったのよ」
「あ、私もそうだったわ。親から『静かにしてなさい』って怒られた記憶しか無いもの」
「あ、あの、皆様……申し訳ありませんでした」
聞いていて罪悪感でいっぱいになり、ついつい謝罪してしまいました。
「へ? 何で護衛の人が謝るのさ?」
……あ。わ、わたくし、今は護衛だったんでしたわ。
「あ、いえ、つ、つい、サーキットライダーの不手際を謝罪してしまいました」
「ふふ、律儀だねえ。そんな反応するって事は、護衛さんも熱心な聖心教徒なんだね」
「え、あ、はい。教典を三桁になるくらい読破するくらい」
「さ、三桁読破!? そ、それって、牧師さんやシスターになれるレベルだよね」
「もしかしたら、暗記しちゃってるレベルじゃないかい?」
「はいっ。一字一句全て、頭に入っていますわ」
わたくしを囲んでいた皆様は唖然とした様子で。
「い、いやはや、かなり斜め上な解答だったね」
「斜め上過ぎでしょ……一字一句間違わずに覚える程読んでるなんて、もはや熱心を通り越してるよね」
「オタクレベルよね、オタク」
……わたくし、聖心教オタクなのでしょうか。
「つーかよ、熱心な信者だって人がこのレベルだって事は、聖女様の一番弟子であるリブラ様も当然そのレベルなんだよな?」
ぶぴっ!
リブラ、飲んでいた白湯を吹き出しました。
「ええええええええ、わ、私ぃ!?」
「へ? そ、そんなにビックリする事だったかい? シスターになるくらいだから、暗記するのが普通なんだよね?」
「あ、あはは、あはははは、そ、そうですね! 暗記してるのが常識ですよね!」
半分引きつった笑いを顔に貼り付けて、リブラは答えています。
「だったらさ、教典について色々教えてくれないかな?」
「え!?」
「暗記するくらい教典読んでるんだったら、一般人のあたしらにはチンプンカンプンな解釈も、分かり易く教えられるんじゃないかと思ってね」
あああ、リブラの背中に汗が染みていますっ。
「そ、そうですね、あは、あは、あはは……」
……ここは助け船を出しますか。
「でしたらシスターリブラ、わたくしが試しに解説しても良いでしょうか?」
「はひ!? リ、リファが!?」
「はい。わたくし、普段シスターから教わっている事を、他の方にお教えしてみたかったのです」
「そ、そうですね。でしたら皆様、私の弟子であるリファに、機会を与えて下さらないですか?」
「そういう事なら……」
「私達で修行のお手伝いができるなら……」
教典片手に立ち上がるわたくしに、リブラがこっそり両手を合わせていました。
この事がきっかけで、リブラが前よりは熱心に教典を読むようになりました。
「良い薬でしたわね」
「良い薬でも、心臓に悪いのって劇薬だよね!?」




