山登りの撲殺魔っ
「あ、川だ」
御者席のモリーの一言と共に、馬車が停車しました。
「川がどうかしましたの、モリー?」
そう言って荷台の幌を捲ってみれば。
ドドドドドドドドドドッ
大河と言っても過言では無いくらいの水量が、わたくし達の行く手を阻んでいたのです。
警備隊の仮駐屯地となっていた村を出て、真っ直ぐアルターシャへと向かっていたわたくし達は。
『途中、山側に入っていくと、チョロチョロと流れている小川に出ます。そこを越えていけば、アルターシャへはかなりの近道になりますよ』
隊員の一人が教えて下さった道を行く事にしたのですが……。
ドドドドドドドドドドッ
「……小川?」
「わ、わたくしに聞かれましても……」
「クンクン……雨の匂いがするな。多分、上流で大量に降ったんだろうな」
ドドドドドドドドドドッ
……何て運が無い……。
「どうする、シスター。戻るか?」
「今から戻ってとなりますと……」
近道の為に費やした半日が勿体ないですわね。
「……もう少し上流へ行きましょう。橋があるかもしれません」
「橋……ね。下手したら流されてるかもしれねえが」
「……不吉な事を仰らないで下さいまし」
ドドドドドドドドドドッ
「これ、橋がかかってた跡ね」
「つまり、流されたんだな」
ほら、言った通りじゃありませんか。
「ここからは斜面が急だから、もう上には行けねえな」
「そうねえ、馬車があるから、ここまでが限界かも」
む~……。
「……ベアトリーチェはこれくらいの斜面、平気ですの?」
みゅん!
平気だそうです。流石は山育ち。
「でしたら、もう少し上まで行ってみましょう」
「へ? シスター、今リブラの姉御が言った通りだぜ」
「馬車が上がらないわよ」
「大丈夫ですわ」
プチンプチン
法衣のボタンを外し。
「『収納』」
しゅるんっ きゅぽん
馬車を胸の谷間に仕舞います。
「はい、これで登れますわ」
「「…………」」
「……どうかしまして?」
「「はっ!?」」
茫然としていた二人は、すぐに現実に戻ってきたようで。
「な、何で胸の谷間を魔術の起点に!?」
「私に聞かれてもね~……空間魔術は肉の重なる部分が起点になるから、それでじゃない?」
「だったら、肘とか脇じゃねえの?」
「だから、本人次第だから、それは」
……何やら憶測で物申しているようですが……。
「肉が触れ合う面積が大きい程、容量も大きくなるのですわ」
「「……成る程」」
但し、見た目に難がある事は認めますが。
「それより、馬車は何とかなりましたわ。上へ登れますわよ?」
再び顔を見合わせる二人。何なんですの?
「私達はともかく……」
「シスターは法衣姿なんだぜ?」
ああ、そうでしたわね。リブラとモリーは冒険者が着ているような、活動的は服装をしています。ですがわたくしは普段通りの法衣。はっきり言って、山を登るような格好ではありません。
「大丈夫ですわ。わたくしにはベアトリーチェが居ますもの……ねえ、ベアトリーチェ?」
みゅうん!
ザッザッザッ
「はあ、はあ、はあ……」
「ひい、ひい、ふう……」
みゅんみゅんみゅん♪
でんでんでんでん
「ベアトリーチェ、お利口さんですから、二人を焦らさないようにゆっくり歩いて下さいね?」
みゅうん!
「はあ、はあ、さ、流石、熊だな」
「ひい、ひい、ま、跨がってるだけのリファリスが妬ましい……」
「あら、跨がってませんわ。横座りですのよ」
「「どっちでもいいわ!」」
そうですか。まあ、わたくしもどっちでもいいのですが。
「はあ、はあ、だがよ、熊に乗ってるだけのシスターは、疲れる訳無いわな」
「そうね、リファリスはやっぱり狡いよ」
「……そう仰るのでしたら」
ビリリッ!
法衣を破り、脚にまとわり付かないようにしてから、ベアトリーチェから降ります。
「わたくしも一緒に歩けば、何の問題もありませんわね?」
「そ、そんな、法衣を破らなくてもいいのに」
「いえ、歩くのに邪魔なのは確かですから」
そう言って歩き出すわたくしを、リブラが何か言いたげに見つめているのが分かりました。
「リブラの姉御、とりあえず付いていこうや」
「えっ」
「あれだけ細い脚だ。一二時間も歩けば、息も上がる。その時に改めて話せばいいんじゃねえか?」
「あ…………うん。そうする」
スタスタスタスタ
でんでんでんでん
「あら、付いて来ているのはベアトリーチェだけですの?」
みゅん!
「二人は、どちらに?」
みゅーーーー……ん
……まだまだ下ですのね。
「はあ、はあ、シ、シスター、体力底無しかよ!?」
「た、確かに、息切らせてるリファリスって、あまり見た事が無いなあ」
「あまりって…………見た事はあるんだな?」
「まあ……その……うん」
「はあ、はあ、つ、着いたぁ」
「お疲れ様です……『癒せ』」
パアアア……
「お? おお!? 疲れが一気に吹っ飛んだぜ!」
「わたくし、回復しながら歩いてますから、疲れる事がありませんの」
「た、体力底無しな訳だぜ……!」
「それより、リブラはどうしたんですの?」
「いや、急に真っ赤になってペースダウンしたんだ」
「急に?」
「ああ。シスターが息切れしてるの見た事があるっつーから、どこでって聞いたら、急に」
……!
「モリー、その件を追求する事は禁じます」
「え? あ、はい、別に構わねえけど」
……リブラ、絶対に「ベッドの上」って考えましたわね……!




