小話 聖女様の理由っ
聖門に身を寄せて一週間、モリーの情報収集によってアルターシャで事態が進展した事が分かりました。
「聖女が逮捕されましたの?」
「ああ。暴動が鎮圧されてから、偽聖女が色んな悪事を働いていた事がバレたらしい」
モリーの話によりますと、わたくし達が聖門へと移動してから、風向きが大きく変わったようです。
「やはりわたくしが標的でしたの?」
「ああ。元々セントリファリスに籠もりっきりだったシスターに対して、批判的な意見が出ていたのは知ってるか?」
「勿論。聖女だったら各地を慰問して回るのが当然だ、とよく言われたものです」
魔王の奥様とは別の枢機卿でしたが、今でも会う度にクドクドと嫌みを……コホン、ありがたい忠告を頂きます。
「つまりわたくしに対して不満を抱く方々が、今回の騒ぎを?」
「ああ。特にアルターシャ周辺で活動していた『自称』シスターの後継者が担ぎ上げられてな」
「わたくしの後継者……ですか。確かにそう名乗っている方が居ましたわね」
「知ってたのか?」
「一度セントリファリスへいらっしゃった事がありますわ。わたくしの教会前で、妙なパフォーマンスをされていました」
「パフォーマンス?」
「ええ。『予言だ』とか仰って、色々とわたくしの悪口を」
「それをセントリファリスで? その偽聖女、よく無事だったな」
「ええ、まあ……住民の皆様が取り囲んでいたところで、ルディと止めに入りましたから」
非常に殺気立っていましたが、どうにか自称わたくしの後継者さんを町の外へ逃がせました。
「……わざわざ助けてやるなんざ、シスターは本当に聖女様だな」
「いえ、町の外で撲殺するつもりだったのですが」
「は?」
「ルディに止められて未遂に終わりましたわ」
「……待て。今、撲殺って言わなかったか?」
「言いましたわよ。わたくし、悪口を言われて黙っている程、お人好しでは無くてよ」
「いやいやいやいや、おかしい、おかしいって。聖女の名を冠してるシスターが、悪口言われたくらいで撲殺って、普通じゃねえって」
普通……ではありませんね。
「大体わたくし、聖女なんて呼び名、本当は嫌ですのよ」
「…………そういやぁセントリファリスの聖女様は、聖女って呼ばれる度に否定して回ってるって聞いてたが……謙遜とかじゃなくって、本当に嫌がってたんだな」
「当たり前ですわ。罪人を嬉々として殴り殺すような殺人鬼が、聖女だなんてあり得ませんわ」
「………………待て。今、殺人鬼だとか聞こえたような」
「そうですわ。わたくしは聖女以外に〝紅月〟の異名がありましてよ」
「……………………へ?」
「ですから、巷で連続殺人未遂鬼として騒がれている〝紅月〟は、わたくしですわ」
「はああああああああっ!!!?」
モリーは口をあんぐりと開いたまま、わたくしをしばらく凝視していました。
「つ、つまり、殴り殺した後、復活魔術で生き返らせてるから、結局無罪だと?」
「大司教猊下のご判断です」
「いや、いやいやいや。そりゃおかしいだろ」
「……おかしいんですの?」
「撲殺してから生き返らせたからって、無罪放免はしねえだろ、普通」
「はい。ですから聖女になったのです」
「…………………………は?」
「ですから、大司教猊下はわたくしを聖女に認定したのです。撲殺を続ける限り、その決定は取り消さないそうで」
「な、何で撲殺続けてる殺人鬼を、教会が聖女認定するんだよ?」
「わたくしが一番嫌がる事だから、ですわ」
「……いや、待って。おかしい。シスターも変だけど、教会はもっとおかしい」
「モリー、ちょっと」
「んあ!? な、何だよっ」
リブラ?
「何なんだよ、一体」
「モリーなら知ってるだろうけど、聖地近くの奴隷組織の摘発、最近あったわよね?」
「は? あ、ああ、知ってるよ。奴隷印を使ってやがったクズ連中だな」
「それ、リファリスの功績だから」
「……はい?」
「それと汚職してた町長の逮捕、自由騎士団団長叛逆の未然防止、魔国連合の侵攻の撃退、〝紅星〟による疫病媒介の発見と阻止」
「さ、最近世間を騒がせた事件ばっかじゃねえか。ま、まさか、それらも全て」
「リファリスの功績よ。おまけに大司教猊下と第一王女のお気に入りだし、次期大司教と言われているシスターメリーシルバーを師事してたりするし」
「立場盤石じゃねえか!」
「そう。確かに撲殺っていう悪癖はあるけど、それを補って余りある功績と盤石な立場があるから、聖女認定されててもおかしくないのよ」
「いやいやいや、やっぱおかしいって。一介のシスターが事件解決してるなんて事自体が前代未聞だし」
「勿論、それだけじゃないわ。リファリスの信仰と奉仕の心は本物だから」
「そんなん、証明のしようが無いだろ」
「証明できるわ。だって、セントリファリスの住民は、リファリスの撲殺行為を半ば黙認してるのよ」
「……………………………………はい?」
「リファリスは無差別殺人鬼じゃない。あくまでその牙は極悪人に向けられるものであり、罪無き市民には決して向けられる事は無いの」
「…………」
「セントリファリスの住民は、リファリスの善行と断罪を知ってるからこそ、黙認してるのよ」
「いや駄目だ、理解が追いつなかい」
「ふふ、まあリファリスと付き合っていれば、そのうち分かるわよ」
「……理解不能な気がするが」
「大丈夫、そのうち愛情表現で撲殺されるし」
「……………………………………………………はい?」




