窮地を救われる撲殺魔っ
モリーが言っていた通り、炊き出しの噂は先に進めば進む程によく聞こえてきました。
「ああ、聖女様、ありがたや、ありがたや……」
「ワシらのような貧乏人に施しを下さるなんて、心の広い御方なのじゃな」
本当に必要としていて、心の底から喜ばれる方も居れば。
「やったぜ、タダ飯だタダ飯」
「一食分浮くぜ、ラッキー」
貰えるのであれば貰ってしまおう、程度にしか考えていない方々も居らっしゃいます。
「つまり要項がきちんと伝わっていないのですわ」
「要項?」
「どのような方々が対象なのか、どのような食べ物が出されるのか、重要な部分が聞こえてきませんでしょう?」
「え、それって重要なのかな?」
「重要ですわよ。誤った情報の流布は、大きな混乱の元にしかなりませんからね」
配布される対象がきちんと伝わっていないと、当日会場に訪れた人々の中で、貰える方と貰えない方が出ます。当然ながら、貰えなかった方々は納得する筈がありません。下手したら暴動に発展する可能性もあるのです。
「人が集まるのですから、色々な方々がいらっしゃいます。本当に困窮なさっている方も、そうでない方も。当然、善人も悪人も」
「そうだな。そういう隙に乗じて、何かデカい事をやらかそうって奴も来るかもしれねえ」
他国の話ではありますが、パンの高騰による民衆の不満が引き金となり、革命が起きて政権が交代した例もあるくらいなのです。
「噂を聞く限り、大規模な炊き出しである事は間違いありません。そうなると警備も必要になってきますから……」
「公的な関与も当然ながら必要だわな」
しかし、役場や警備隊の掲示板には、それらを知らせる内容は出してありません。
「これは……当日は大変な騒ぎになりますわよ」
わたくし達が懸念していた通り、炊き出し当日に大規模な暴動が起きてしまったのです。
「リファリス、もうすぐアルターシャだよ」
馬車の上に登っていたリジーの声が、荷台で眠っていたわたくしを覚醒させます。
「……んぅ……な、何か……何か見えますか?」
「ん、煙がいっぱい」
煙……やはり懸念していた通りになってしまいましたか。
「急ぎアルターシャへ。怪我人の治療に当たりますわ」
すると、リブラが。
「…………リファリス、今すぐに引き返そう」
わたくしに異を唱えてきたのです。
「リブラ、急に何を言うんですの?」
「色々な意味で危険だわ。とりあえず……聖門辺りまで行こう」
「待って下さいな。煙が上がっているのですから、間違い無く暴動が起きていますわ。怪我人や死人が出ていてもおかしくありません」
「分かってる。だけど、いや、だからこそ、リファリスは一旦退くべきよ」
「リブラ? 何を仰りたいんですの?」
「…………ああ、そういう事か。成る程、考えやがったな、相手も」
モリーも何かピンときたようです。
「何ですの? 何なんですの、一体?」
「シスターよ、下手したらあんたがお尋ね者になっちまうって事さ」
「…………はい?」
「悪い事は言わねえ、ここはリブラの姐さんの言う事を聞いた方がいい。暴動については、後でどうにでもなるさ」
「し、しかし」
「しかしもヘチマもねえよ。あんた自身の身に何かあったら、救える人々が救えなくなっちまうんだぞ?」
………………いえ。
「怪我人を見捨てる事はできません。やはりアルターシャへ向かって下さい」
「……リブラの姐さんよ、こうなったら強硬突破するしかねえぜ」
「仕方……無いわね。リジー、モリー、馬車をお願い」
「うい」「おうよ」
リブラだけが荷台に残り、馬車は急激に反転して……!
「何をしているのです! アルターシャへ向かいなさい、ベアトリーチェ!」
「リファリス、ベアトリーチェも危険を察知してるんだよ」
「リブラ! 貴女は一体」
「ごめん、リファリス……『瞬影』」
ガッ! ゴッ!
「くふっ」
……っ……。
わたくしが目覚めた時には、馬車は既に聖門に着いていました。
「…………」
「…………リファリス…………」
「…………」
久々に見たリブラは、真っ赤になった目の下に、濃い隈を作っていました。少し頬が痩けているようにも見えます。
「……リブラ……わたくしを殴りましたわね」
「……うん」
背後に気配を感じた瞬間には、既に後頭部に強い衝撃を感じました。それは間違い無く、リブラによるものです。
「……それを悔いて毎日泣いてましたわね」
「…………」
「あまり……寝ていないのですね」
「…………」
……わたくしに嫌われるかもしれない覚悟をしてまで……。
「……お馬鹿さん……『癒せ』」
パアアア……
目の赤みや隈が薄れ、若干顔色も良くなりました。
「リブラ、わたくしを殴った事は許しません」
「……うん」
「ですが、そこまでしてわたくしを救おうとしてくれた事には、感謝致します」
「…………え」
「ですから……差し引きゼロです。これで今まで通り、ですわ」
「……え?」
「で、ですから、許します」
「は、はい?」
「だから、許すと言っているのです!」
頬が熱くなるのを感じながら、涙目のリブラと見つめ合い……。
カシャア!
「姐さん、やっぱりだ………………ありゃ、こりゃあタイミング最悪だったか」
仕切りのカーテンが開かれ…………本当に最悪のタイミングですわね、モリー。
「おほんっ……で、どうしたんですか?」
とりあえず落ち着いてから、モリーに問います。
「ああ、リブラの姐さんの読み通りだったぜ。今回の暴動、シスターが原因だって噂が流れてやがった」
「はい?」
「だが聖門を訪問したお陰で、アルターシャに居なかった事が証明されたんだ。つまり、シスターが無実だって噂も同時に流れてんだよ」
……ど、どういう事ですの?
リブラ、モリー、お手柄。




