ファンシーが解けた元獣王っ
急いで旅立ちの準備を済ませ、三時間だけ仮眠をし。
「さあ、出発ですわ!」
みゅうううん!
「……くー」
「……ぐー」
ほとんど眠っているリブラとリジーを荷台に乗せ、馬車ならぬ熊車を引くベアトリーチェが進み出し、どうにか出発しました。些か勇み足気味ですか、致し方ありません。
「くー……リファリス、そこはいやぁん……」
「ぐー……うへへへへへへ……」
どんな夢を見ているのか、非常に気になりますわね。特にリブラ。
「ふう……ベアトリーチェ、とりあえず道沿いに進んでいて下さいな」
みゅうううん!
馬車……熊車の事はベアトリーチェに任せ、わたくしは御者席から空を見上げます。
「……教会は魔王の奥様が何とかして下さる、ルディもバックアップしてくれます……問題ありませんわ」
既にもぬけの殻になっている教会に驚かれるでしょうが、逸る気持ちを抑えられません。
「……まさか、今頃になってリフターの名を聞く事になろうとは……」
「リフターねえ」
「ひゃい!?」
背中越しに急に声を掛けられ、文字通り飛び上がってしまいました。
「リ、リブラ!? 起きていたのでしたら、一言言って下さいな!」
「いや、目が覚めたのは本当に今々」
……でしたら仕方ありませんわね。
「で、どうしたの、リフターが」
「……リブラ、リフターを知ってますの?」
「そりゃあ……ね。侯爵家に居た身だから、リフター辺境伯の事は知ってるよ」
辺境伯……ですか。
「でもリフター家とリファリス、何の関係があるの?」
「……それは…………また、気持ちの整理ができましたら、お話しますわ」
「…………分かった、今は聞かないよ」
「ありがとうございます」
「まあ……リフター家ともなると、流石に……ね」
リブラ侯爵家の出だけあって、リブラは多少なり事情を知っているようです。なので、それだけ気を使ってくれるのでしょう。
「……あれはタブーみたいなもんだから」
「…………」
みゅうん?
微妙な空気になったわたくし達を心配してか、ベアトリーチェが振り向きます。
「大丈夫ですわ。心配してくれてありがとうございます」
みゅううん!
わたくしの反応に満足したようで、再び元気良く歩き出します。
みゅん♪ みゅん♪ みゅん♪
でんでんでんでん
「…………リファリス、何でベアトリーチェが歩く時、あんな不思議な音がするの?」
不思議な音?
みゅん♪ みゅん♪ みゅみゅん、みゅん♪
でんでんでんでん
「ああ、でんでんっていう音ですわね?」
「そうそう!」
「それは…………ベアトリーチェだからですわ、はい」
「ベアトリーチェだからって、説明になってないけど?」
「え、えっと…………そ、そうですわ! ファンシーベアだからです!」
「……そう言えばベアトリーチェって、ファンシーベアだったね」
みゅうううん!
ぐ、ぐふ……せ、説明するのじゃ……死んでも説明するのじゃ……。
ファ、ファンシーベアとはの…………ぐふげふごふぁ…………ふはぁ!? はあ、はあ、はあ……。
す、済まぬが、説明責任を果たせそうに無いでの、出征の章を読んで下され…………がくっ。
「…………あら?」
「ん?」
「あ、いえ。邪な老人の魂が天に召された気がしまして」
「は?」
「いえ、どうでも良さそうですので、そのまま逝かせましょう」
「よ、よく分かんないけど、リファリスが良いんなら良いんじゃい?」
さて、それよりも。
「先程の足音の件はファンシーベアという理由で説明できますわ」
「…………七不思議の一つ、ファンシー化現象か……」
色々な理由が重なった時に起きる現象、ファンシー化。動物が異様に可愛らしくなるのですが、それは実際にはあり得ない事象まで起こします。可愛らしい鳴き声や足音もそれなのでしょう。
「詳しい条件は分かってないんだよね?」
「ええ。ベアトリーチェの場合は汚れを徹底的に洗い流した後に起きましたから、その辺りにファンシー化のきっかけがあったのでしょう」
「ああ、中央山地でリファリスが臭くなった時に」
がしぃ!
「……わたくしが臭いんですの? 臭かったんですの?」
「い、いえ、そのような出来事はございませんでした。忘れました」
「なら宜しくてよ」
リブラを離し、再びベアトリーチェの話題に戻ります。
「ファンシー化……不思議ですわね」
「ね、ねえ、リファリス。もしかしたら名前も影響してるかもよ?」
名前?
「もしベアトリーチェの名前が熊八だったりしたら……」
「熊八なんて名付けたりしませんわよ!」
グガア!?
ほらああ、リブラが熊八だなんて言うから、ベアトリーチェがグガアって………………グガア?
ゴアア?
「べ……ベアトリーチェ!?」
ファ、ファンシー化が解けてるぅぅぅ!!
「リブラ! 貴女が熊八だなんて言うから……!」
「私!? 私のせいなの!?」
……プゥゥゥン
「うっ」「うっ」
風に乗って匂ってきたのは、ベアトリーチェの体臭…………ま、まさか!?
「ファンシー化が解けたのは、洗っていなかったから、ですの!?」
「リファリス、洗ってないの?」
「…………一ヶ月くらい、ですわね」
「汚いですわ汚いですわ、臭い臭い臭いですわ、ああああああっ」
ゴシゴシゴシゴシゴシジャブジャブジャブジャブ
グガアアアア!?
「さあ、洗い終わりましたわ」
フワフワ、サラサラ……
……みゅうううん
「あ、戻った」




