夜に這うキツネ娘っ
「……結婚しても、実質的にはあまり生活に変化はありませんわね……」
市場に出掛けた時、生活用品をチラチラと見ながら、そんな事を考えていました。
「リファリス、結婚するの?」
「せざるを得ないでしょう。既成事実を作られてしまいましたし」
「そうなんだ……」
同性同士の恋愛結婚を容認している聖心教ですが、婚前交渉については厳しい方針を打ち出しています。仮にも聖女の称号を得ているわたくしが、それを無視する事はできません。
「ふーん……既成事実作っちゃえば、結婚できるんだ……」
リジーが意味深な呟きをした事で、もう一つ懸念材料ができてしまいました。
「リジー? そのような真似をしたら、復活無しの撲殺ですからね?」
「うぐっ……な、何にも疚しい事は考えないと思われ」
でしたら、その「うぐっ」は何なんですの?
……とは言っていましたが、油断はできません。
「聖女の戒『茨』」
シュルシュル!
魔術士では無いリジー対策として、茨を張り巡らせた物理結界で対抗します。
「一応対魔術結界と、侵入を知らせる結界も張り巡らせて……」
これだけしておけば完璧でしょうが、何せリジーですからね……。
「……こちらから攻めの一手を打ちますか」
ザッザッザッ
「正面突破のみ。最大限の呪いを込めて、リファリスを頂くと思われ」
……リファリスの言ってた通り、か……。
「そう易々と通さないよ」
「む、リブラ」
大剣を鞘から抜き放ち、リジーの前に立ち塞がる。
「リファリスから頼まれて監視してたんだけど……やっぱりだったわ」
「リブラ……私の立ちはだかるのから、容赦はナッシング」
「容赦しないのは私も同じ。リファリスから頼まれた以上、ここは絶対に通さない」
そう言ってもう一本の剣を抜く。
「大剣と……短剣?」
「どうしても大振りになりがちな大剣の隙を、小振りな短剣で補う。これが私の必勝戦法よ」
切り札だから、あまり人に見せた事は無い。つまり、それだけ本気だという事だ。
「そう……そっちが必勝戦法で来るなら、私も奥の手を出さざるを得ない」
そう言って取り出したのは……禍々しい雰囲気を放つ湾刀だった。
「異世界の呪われアイテム〝介錯の妖刀〟。一度は失われたけど、再び私の元に戻ってきた…………つまり、私と適合した呪われアイテム」
適合した……呪具?
「呪剣士には呪いの波長が合う呪われアイテムが存在する。滅多に適合しないんだけど、私には妖刀がピッタリだったみたい」
つまり……適合したからこそ、再びリジーの元に戻ってきたのか。
「これを抜いたら最後、手加減はできない。今から言っておく、殺しちゃったらゴメン」
「……その言葉、そっくりお返しするわ。そのナマクラ、折っちゃったらゴメン」
……シャキィン
リジーは躊躇無く妖刀を抜き放った。
ボゥゥゥ……
リジーの全身を妖しい光が覆う。こ、これが呪いとの適合……!
「……姉妹弟子の好。痛みすら感じないように……逝かせる」
シュッ
ギィィィン!
「……へえ、防いだ」
「当たり前よ。必勝戦法と言ったでしょ」
た、短剣を出していなかったら、本当に危なかった。
ギャリィ!
妖刀を弾き返し、大剣を振る。
ブゥン!
「そんな大振り、当たる筈が」
ザスッ!
「がはっ!?」
短剣がリジーの脇腹を掠めた。ちぃ、ギリギリで避けられたか。
「あ、危なかった。大剣は見せ札で、短剣による刺突が本命だったと思われ」
その通り。私の必勝戦法は、如何にも攻撃主体でありそうな大剣に相手の目を向けさせ、短剣によって仕留めるものだ。
「その必勝戦法もネタがバレちゃえば怖くない。もう私には通じないよ」
「ふん、必勝戦法がこれだけだとでも? まだまだ引き出しは沢山あるわよ」
「そう……でも不意打ち狙いだって分かってるから、怖くとも何とも無い!」
そう言ってリジーは妖刀に呪いを纏わせ。
「≪呪われ斬≫……飛」
キィィン!
振り下ろされた妖刀から、何か放たれ……ヤバい!
「大剣飛斬!」
ブゥン!
咄嗟に大剣を投げ放つ。
ギャギィン!
放たれた何かと大剣がぶつかり合い、地面に突き刺さった。
「……飛を防いだの、リブラが初めて」
「私に奥の手を出させたのも、リジーが初めてよ」
虎の子の大剣を投げ放つ、必勝戦法の最終手段。つまり、これで私には短剣しかなくなってしまった。
「……だけどあんたの技も見切った。理屈は分からないけど、斬撃を飛ばしたんでしょ」
「へえ、分かった?」
「まあね。おそらくは呪いを斬撃に変換したんでしょうけど……正体が分かれば対処できるわ」
斬撃を飛ばしたのなら、妖刀の動きを注意していれば何て事は無い。
「ふん……それだけだと思わないでと思われ」
そう言ってリジーは鞘に妖刀を納めた。あれは……抜刀術。
「だったら、私も同じよ」
短剣の持ち手を口に咥え、四つん這いになる。
「…………」
「…………」
後は……どちらが先に動くか。
「はい、それまでですわ」
ボガッ!
「ぐぎゃあ!」
……って、ええ!?
「まさか本当にわたくしを襲いに来るだなんて! 許しませんわ、撲殺です撲殺!」
「ひえええ!?」
「あ、リブラ、足止めありがとうございました。お陰でリジーの背後に回れましたわ」
「え、あ、いえ」
「さあさ、朝までRe:撲殺ですわ!」
「ひえええ、助けてえええええええええ!!」
引きずられるリジーを見送りながら、私は理解した。
「私……囮だったのね」




