友達と撲殺魔っ
「ほぅら、ちゃんと歩くのだ!」
「わ、儂は貴族じゃぞ、貴族じゃぞ、伯爵様なんじゃぞ……」
「もう死にたくない、死にたくない、死にたくないいい……」
三日間の刑期を終え、連行されていく元伯爵親子の後ろ姿は、来た時より随分と小さくなっていました。
「リファリス、何回殺したの?」
「うふふふふ、目一杯ですわ」
「うっわ……」
わたくしの反応を見てドン引きしたようですが、どうって事ありませんわ。
「これであの親子は随分と減刑されるのです。お二人にとっても得ですわよ」
「……その前に精神崩壊したゃってるんじゃ……」
そこは責任取れませんわ。うふふふふ。
今回の事件が切っ掛けとなったのか分かりませんが、旧貴族側の大物からアプローチを受けるのは、諸用で町役場を訪れていた時でした。
「聖女様、初めまして。私、リブラ侯爵夫人と申します」
「初めまして。わたくし、リファリスと申します。以後、お見知り置きを…………それと申し訳ありませんが」
「聖女では無い、と仰りたいのでしょう? ふふ、噂通りの方ですわね」
噂?
「大司教様から聖女と認定されてますのに、未だに自ら聖女を名乗られない謙虚な方だ、と」
「そんな事はありませんわ。少し前に聖女認定を伝家の宝刀として振るってしまいましたもの」
「ふふふ……私、いつかシスターと話してみたいと思ってました」
「侯爵夫人にそう言って頂ければ、幸いでございます」
旧貴族側の実力者でいらっしゃるリブラ侯爵夫人に話し掛けて頂いたのです。
「あの、大変失礼な物言いになってしまいますが……何故リブラ侯爵夫人程の御方が、このような小さな港町に?」
「あら、私を評価して下さるのですね。聖女様のお目にかなって光栄ですわ」
「からかわないで下さいまし。侯爵夫人の仕事ぶりは、同じ女性であれば注目しない訳がございません」
リブラ侯爵夫人のご活躍は未だに男尊女卑の色が濃い旧貴族側の中で、異彩を放っておられます。
「そう言って頂ければ幸いですわ。全く、私の周りには頭の固い老害ばかり揃ってまして」
「老……さ、流石にそれは」
「あら、事実でしてよ。若手の台頭にケチばかりつける老害ばかりで、もうウンザリですわ」
また、歯に絹着せぬ物言いでも有名でして……その……こういう方ですの。
「私、敵で在ろうとも、貴女みたいな方が好きでしてよ」
「あら。それはありがとうございます、と言うべきですわね」
物言いがハッキリしていらっしゃる、つまりは裏表が無いという事です。
「敵であっても好きなのですから、敵にしたくありませんし、敵になりたくありませんわ。立場の違いは有れども、友誼を結べませんか?」
それは……つまり。
「わたくしとお友達になりたいと?」
「……他人の事は言えませんが、貴女も存外ストレートですわね」
「そうですか?」
「はい。大概の方は私の身分に遠慮されますの。ですから率直な物言いを受ける事はあまり無くて」
「主は『祈る者に上下無し』と説かれておられます。同じ信徒でしたら皆平等ですわ」
「た、確かにそうですが……それは建て前でしょう?」
確かにその通りです。この教えには様々な解釈が存在し、現在では「祈りの場=教会内」でのみ平等である、という論が主流です。
「はい、建て前です。ですが、建て前であろうと教えは教え。リブラ侯爵夫人のご提案の根拠にはなりましてよ?」
それを聞いた侯爵夫人は少しポカンとしてから、クスクスと笑い始めました。
「ふふふ……やはり私が見込んだ方ですわ。分かりました、お友達になりましょう」
こうしてわたくしとリブラ侯爵夫人は派閥を越えた友達となったのです。
「でしたらわたくしの事はリファリス、とお呼び下さい」
「でしたら私の事もファーストネームで呼んで下さいな」
「分かりました。ではリブラ侯爵夫人のファーストネームは何ですか?」
「私ですか? リブラです」
「あ、はい。リブラ侯爵夫人ですわね。ですから、ファーストネームを」
「ですから、リブラです」
「え、えぇっと……?」
リブラ侯爵夫人は少し困った表情をして、わたくしにこう告げたのです。
「ですから、私がリブラ・リブラ侯爵夫人なのです」
……はい?
「リブラ侯爵夫人? 知ってるよ」
お互いに自己紹介をしてから、後日食事を共にする事でお別れしました。で、情報通なリジーさんにリブラさんの事を窺ったのです。
「有名な方ですが、名前と姓が同じだとは知りませんでした」
「……それは知らないのは信じられないと思われ」
「そうなんですの?」
「リブラ侯爵夫人は剣の使い手としても有名。で、戦場で数々の武勲を立て、王直々に姓と同じ名前を名乗る事を許された」
姓と同じ名前。
「……それは誇れる事ですの?」
「旧貴族の姓は一族の始祖の名前が元になってるから、その名を許されるのは大変な名誉」
そうなんですの……でもわたくしは遠慮したいですわね。
「リファリス・リファリスなんて名を許されたとしても、とても名乗る気にはなりませんわ」
「それは私も同感。だけど、旧貴族達は誰もが羨む」
……この辺りも、わたくし達新貴族と違うところなのでしょうね……。
「でもリブラ侯爵夫人と友達になれたのは、後々を考えても有利に働くと思われ」
そうですわね。議会で何かを決める時、対立陣営に友達が居るのならやりやすいですわ。
じゃがのぅ……シスターがそんな打算めいた考えをしている間に、事態は進行してしまったのじゃ。
「ふわぁ……」
昨日の夜は遅くまでリジーさんと話し込んでしまい、寝不足になってしまいました。今日のお務めに支障が出ないようにしなくては。
「リファリス! リファリスーー!」
え?
「あの声は……リジーさん?」
「リファリス! 大変だ大変だああ!」
「どうかしたんですの? それと教会以外で名前で呼ぶのは止めて下さいな」
「あ、ごめん。そ、それより大変だ!」
「ですから、何がですの?」
「リブラ侯爵夫人が……!」
え、リブラさんが?
「死んだ!」
…………………………はい?
伯爵親子にお仕置きが足りないと思われたら、高評価・ブクマを頂ければ、手によりをかけてシスターが追撃しますのでよろしくお願いします。




