天才と天災と撲殺魔っ
『聖女様、お助けを!』
『聖女様、どうか我々をお導き下さい!』
「……まだ居ますか」
扉の向こうには、まだまだ沢山の人々が押し掛けて来ているようでした。
「ここはワシにお任せ頂こう」
「あ、変態ライオットジジイ公爵!?」
リジー!?
「変態ライオットか……確かにその通りじゃな」
「え……み、認めた?」
「雰囲気が……違うような気が」
「そうじゃ、ワシは生まれ変わった。シスターの御姿をこの目に焼き付けられ、他は何も映る事は無い」
「え…………リファリス、何があったの?」
「別に、説得に応じて下さっただけですわ」
「……あの、『シスターの御姿』って何のこぱぎゃっ!?」
さーあ、何の事でしょうねー。
「あ、う……気になるけど気にしない、気になるけど気にしない……」
聞きたくてウズウズしている様子のルディは、地雷を踏む事が分かっているらしく、そこから先には足を踏み出さないようです。賢明ですわよ。
「では参ろうかの……静まれい! 静まるのじゃ!」
ライオット公爵様の凛とした声が響き、外で騒いでいた住民の皆様が静まり返ります。
『今の声は……まさかライオット公爵様!?』
『獅子心公殿が!?』
最近姿を見せていなかった事もあり、住民の方からは驚きの声が上がります。
『あ、あたしゃ、ポックリ逝ったもんだとばかり……』
『ついにナターシャ様に括り殺されたものだとばかり……』
…………ナターシャ様?
「何でも良いからさっさと静まれい!」
再びライオット公爵様の怒声が響き、扉の外側が静かになります。
「……少し話をしてくるでの、もうしばらく辛抱して下され」
そう言い残し、ライオット公爵様は外へと出て行かれました。
『ラ、ライオット様……』
『領主様……』
わたくし達は奥に引っ込み、やや遅めの夕ご飯の準備を始めます。
「リファっち、何か手伝おうか?」
「ルディに手伝って頂く程のものではありませんわ。座っていて下さい」
仮にも大司教代行なのですから、働かせるのは流石に気が引けます。
「ならリファリス、私も座ってると思われ」
「貴女は働きなさい」
「何で!?」
「弟子が師匠より動かないだなんて、あり得ないのではなくて?」
「うぅ…………分かった、働く、働きます……」
リジーは怪しげな包丁を取り出し、まな板に横たわっていた魚に向かい…………ちょっと待って下さい。
「リジー、その包丁は何ですの?」
「これ? 灼熱の包丁」
灼熱?
「この包丁で斬られた者は、全身を炎で焼かれたかのような苦しみを味わう」
また呪具ですの!?
「だけど無問題。呪剣士の私が使ってるんだから、呪いは無効」
「なら良いのですが……何故わざわざ呪具を?」
「リファリス忘れた? 呪剣士は呪われアイテム以外は装備できない」
…………そうでしたっけ?
「だから、下着も」
ああ、そうでしたわね。何故か血が染み付いた下着を使ってましたから、浄化して綺麗にしてあげたら、烈火の如く怒られたんでしたわ。
「分かりました。リジー、その魚を三枚におろして下さいな」
「うむ、任されよ」
でしたら私は、煮物の下準備をしましょう。それから……。
三十分後。
「はい、煮物も完成ですわ…………リジー、終わりまして?」
「綺麗にできたと思われ」
リジーが差し出してきた大皿には、刺身が綺麗に並べられていました。
「これは……! 見事ですわね」
「んっふっふ、もっと誉めたまーえ」
「リジっち、本当に凄いよ。うちの専属料理人になれるよ!」
「あら、大司教猊下の専属料理人だなんて、名誉な事ですわよ」
「ん~……あの強面オジサン、苦手だから遠慮する」
プッ、こ、強面オジサン……。
「あはははは! 確かに強面オジサンだよね、ルドルフは!」
「それより二人とも、刺身は鮮度が命。早く食べて下されませ」
「分かりましたわ。では夕ご飯に致しましょう」
食事前のお祈りを済ませ、三人同時に刺身に手を伸ばします。
「では……モグモグ……美味いね、これ!」
「ムグムグ……うむ、我ながら上手く捌けた」
確かに。噛む度に口中に広がる魚本来の甘味が、細胞レベルで刃が通された事によって切り身に閉じ込められいて……。
「リジー、これは捌いた料理人の腕が良くなければ、出せない味ですわよ。本当にプロとしてやっていけますわ」
「うふふ、誉めて誉めて」
本当に美味しい……食べる度に身体が熱くなって…………ん?
「身体が……熱くなって?」
「あれ? アタシも何だか、身体がポッポポッポと」
「………………あ」
リジーが「しまった」という表情を浮かべます。
「灼熱の包丁、斬った対象に、高熱を宿らせる」
「斬った対象に高熱……まさか!?」
「う、うん。刺身に高熱が宿っている可能性」
「そ、そんな!? 食べた時は全然熱くなんか……」
「徐々に熱くなる。だから、リファリスとルディっちのお腹の中で、高温に達してると思われ」
た、確かに、胃から身体全体に熱が……!
「あ、熱い、じゃなくて暑い……!」
ルディが暑さに耐えられなくなり、着ているものを脱ぎ始めます。
「ル、ルディ、胃に対抗魔術を施さないと、胃が焼けて……」
「わ、分かってる! 分かってるけど……体温が上がるのはどうしようもできない!」
「暑い、暑いですわ……!」
わ、わたくしも耐えられなくなり、法衣を脱ぎ捨て……。
「シスター! この者達に説教してやってくれんかの?」
「聖女様、お導きを」
「聖女様、お助けを」
……暑さのあまり、全てを脱ぎ捨てて水をかぶるわたくしとルディと、ライオット公爵様達と目が合い……。
「「きゃあああああああああああ!!」」
「「「うわああああああ!!」」」
その後、リジーに激しい天罰が下ったのは、間違いありません。




