気高き騎士と撲殺魔っ
「来たよ」
『来ちゃ駄目』
「駄目は駄目だよ。もうすぐそこだもの」
『駄目ったら駄目。皆、逃げて』
「何故『逃げろ』だなんて言うの?」
『君が良くない物を持ってるからだよ』
「良くない物? 良くない物って何だよ」
『分かんないけど、良くない物だよっ』
「……大丈夫だよ。だってさ」
「君には何の影響も無いんだから、さ」
「っ!?」
また小さな子達の声が……?
「リファリス?」
「え……ああ、何でもありませんわ」
……空耳……にしては、何故か引っかかりますわね……。
「リファリス、どうかした? 疲れてる?」
「……疲れていないと言えば嘘になりますが……大丈夫ですわ」
日に日に大きくなっていく彗星。その変化は既に街の人々にも知れ渡っていました。
ドンドンドンッ
『聖女様、どうか懺悔の奉仕をお願いします』
『聖女様、あの紅い星についてお教え下さい』
『聖女様、どうかお助け下さい』
「っ……まだ時間前だって言ってるのに」
連日連夜押し掛けてくる人々への対応だけで、なけなしの睡眠時間が削られていくのです。これでは、本番まで身体が保つかどうか……。
「……リファリス、そろそろだと思われ」
「そろそろって……何がですの?」
「ライオット変態公爵ジジイの再登場」
え?
「リファリス、変態ライオットジジイ公爵は何だかんだ言っても、この街の領主である事には代わりない。だから住民への対応は、ジジイライオット公爵変態に頑張ってもらおう」
……そう……ですわね。
「っ……リファリスが辛い目に遭うより、私は覗かれる方がマシ」
「っ……にゃはぁ……そうだね、ここはアタシ達も我慢しないと、だね」
……辛い。
リジーやルディが……辛い。
「……辛くなんてさせませんわ」
「え?」
「リファリス?」
「わたくしが……聖女の名に懸けて、貴女達を辛い目には遭わせませんわ」
「グワワッ、グワワ」
ライオット公爵が繋がれている牢獄に入り、浄化を始めます。
「ライオット公爵様、聞こえてますわね」
「グワワワワッ」
「貴方には再び頑張って頂かなければなりません」
「グワワッ」
「但し、今回は特殊能力は望みません」
「グワワ?」
「今回望むのは……貴方自身です。『穢れた魂よ、気高き生の喜びを取り戻せ』」
パアアア……
「グワワ……ギャアアアアアアアアア!!」
ゾンビにとっては地獄のような苦しみが、ライオット公爵様の全身に広がります。
「グワワ、グエエエ、ガグゴワグゴゲ…………ガアアアアア!」
ジュウウウ……
腐り始めていた皮膚が生気を取り戻し、ついには頭にまで達し。
「ガアアアあアアあアアあああアアああああああ! ぐああああああああ!」
ジュウウウ……シュアアア……
「が、は、はあ、はあ、はあ……」
「『癒せ』」
パアアア……
「く、うぐ、はあ、はあ、はああああ…………よ、ようやく終わったようじゃの……」
「お久し振りですわね、ライオット公爵様」
「……散々な目に遭わせてくれたの、シスター。ゾンビにさせられるとは思わなんだわい」
「……それだけの罪ですわよ、ライオット公爵様」
「それは……否定できんの。さて、それよりも……良いのじゃな?」
「何がですの?」
「シスター、ワシに掛けていた枷を全て外したようじゃが……どうなるか、分かっておるのじゃろ?」
特殊能力の枷も外してあります。つまり、以前のように、覗き放題という事です。
「……その件なのですが……我慢して頂く事は叶いませんか?」
「……我慢……かの。無理じゃな」
即答ですか。
「シスターよ、ワシはワシが歪んでおる事は充分承知しておる。騎士としての誇りに応える為に、自らに枷を掛けようと努力した事もあった。じゃが……駄目なのじゃよ」
…………やはり……ですか。
「じゃからシスターよ。ワシが暴走するのを止めたければ……今すぐ魔術にて枷を掛けるが良い。その方が……世の女性の為じゃぞ」
ワシが言うのも、おかしな話じゃがな……と苦笑されるライオット公爵様。その笑顔には……苦しみしか感じられませんでした。
「…………」
ライオット公爵様も苦しんでおられる……そう感じられた時、わたくしの決意も固まりました。
「公爵様」
バサッ
「む…………な、何をしておるのじゃ、シスター!」
あらかじめ法衣しか身に着けていなかったわたくしは、それを脱いだ時点で全てを晒け出す事になります。
「さあ、公爵様。わたくしの全てを目に焼き付けて下さい」
「な、何を言うておる!?」
「自分で言うのもアレですが、わたくしの身体、見事な造形でしょう?」
「そ、それはそうじゃが!」
「わたくしの身体を目に焼き付けて下さい。他の女性を見る必要性が無い程に」
「!!!?」
「ですから、さあ。隅々までご覧になって下さいな」
……顔から火が出るとは、このような時の為の比喩なのでしょうね……恥ずかしくて、まともに公爵様を見られませんわ。
バサッ
すると、わたくしにマントを…………え、公爵様?
「済まなんだの、シスター」
な、何がですの?
「シスターよ、我が残り少ない人生に誓おう! その底無き慈愛に応える為、二度とシスター以外の身体を視ない事を! 我が目に焼き付きし聖像を穢したりはせぬと!」
……わたくしの目の前にいらっしゃるのは……欲に負けた悲しき老人では無く。
気高き誓いに身を奮い立たせる、老練の騎士でした。




