聖女様の閑話
「……やはり、人間共の愚行は度し難いな」
「全くだ。我らの豊かな大地を、火と油で汚しおってからに」
「人間に存在価値など無い」
「人間など居ない方がいい」
「人間など、滅ぼしてしまえばいい」
「--皆の意見は出尽くしたようだな。聞く限りだと『煉獄の森』の活動方針に賛同頂けたと解釈するが……宜しいか?」
「賛同します」
「賛同する。人間は滅ぼすべし」
「人間は滅ぼすべし」
「滅ぼすべし」
「滅ぼすべし」
……ある深い森の奥で、この世界を支配していると言っても過言では無い、人間族に対する終末が話し合われていた。
「あの~……」
「「「……何だ?」」」
が。
「わたくし、反対ですわ」
「「「……は?」」」
……停滞した。
「な、何故だ、リファリス!?」
「何故だ、と言われましても……不可能だからですわ、お父様」
「待て、ここでは代表と呼べ」
「……どちらでも良いのでは?」
「公私はしっかりと分けるべきだ」
「…………まあいいですわ。どちらにしても、反対」
再びわたくしの言葉を聞き、表情を歪めます。
「な、何故だ! 父の決めた事に異を唱えるなんて、そんな娘に育てた覚えは無い!」
公私はしっかりと分けるべきだと言ったのは、どの口ですの!?
「お父様、皆様、冷静になって考えて下さい。わたくし達は全員で何人ですの?」
「え、私達って、煉獄の森の構成員か?」
「ここにいる三十人だな」
「ですわね。で、人間族はどれだけ居るでしょうか?」
「人間族か? 確か三億人を越えたくらいか」
「そうです。たった三十人で三億人を殺害するまで、どれだけ年月がかかるでしょうか?」
「「「…………あ」」」
図星だったらしく、全員が固まります。
「い、いや、待て! 為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、だ! 全員が力を合わせ、着実に実行していけば」
「三億人居るんですのよ? 一日何人の子供が産まれると思ってますの?」
三十人で殺人に精を出したところで、産まれる数を越えるのは不可能ですわ。
「だ、だが、毎日毎日積み重ねていけば」
「人間側が無抵抗でいると思いますの? 逃亡・抵抗されれば、殺せる人数はますます落ちますわ」
人間にだって強者は当然存在します。返り討ちに遭う可能性も計算しておかねばならないんですのよ?
「な、ならば大規模魔術でドカーンと」
「魔力使い切ったところを囲まれて血祭り、が関の山ですわね」
数の暴力には勝てませんわよ。
「な、ならば、どうしろと言うのだ!?」
「人一人殺すより木を一本植える方が、余程建設的ですわよ」
「……確かになあ」
「別に人間が嫌いって訳じゃないし」
「やっぱり殺人は気が引けるしなぁ」
「木を植えるのは得意だぜ」
「まあ、ハイエルフだしなあ」
「な、な、な……」
「代表、悪いけどやっぱ止めとくわ」
「うん、俺も抜けさせてもらう」
「私も止めとくわ~。殺人鬼になって婚期逃したくないし」
「な、おい、待てよ、おい」
次々に構成員の証である「赤月の仮面」を返却し、会場を後にしていきます。
そして、残ったのは。
「…………愚息よ、これは一体どういう事だ?」
……代表のお父様、補佐役のお爺様、そして娘のリファリス、つまりわたくしでした。
「何て事をしてくれたんだああああああああ!」
「最初からわたくしは反対してましたわ!」
思う存分撲殺できる、という甘い誘いに乗ったわたくしが馬鹿でしたわ!
「…………愚息よ、我も協力はできぬ」
お爺様の言葉に、お父様は更に顔色が悪くなりました。
「お前の計画がそこまで雑だとは思わなかった……信用した我が馬鹿だった」
「な、なぁ!?」
そんなお父様から目を離すと、お爺様はわたくしを真っ直ぐ見つめてきました。
「リファリス、お前はどうするつもりだ?」
「どうもしませんわ。森を出て、聖心教に入信致します」
「お、お前、まだあんな新興宗教に現を抜かしているのか!?」
「お父様には関係ありませんわ。この件に関しましては、既に決着してますわよ?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
先日の賭けではわたくしが勝利し、森を出る許可は頂いてます。
「ふむ……ならば我も入信してみるか」
「「…………は?」」
「我も聖心教とやらに興味がある。若い姿であれば、とやかく言われる事もあるまい」
「ま、まあ、お爺様がそう仰るのでしたら」
お爺様、わたくしが心配なのでしょうか?
「な、ならん! リファリスだけでは無く、父上まで出奔するとは! 煉獄の森代表として、認められませぬ!」
代表として認めない…………あああ、お父様、言ってはならない事を……。
「代表として認めぬならば、リファリスの時と同じように勝負すれば良いか?」
「え?」
「時間が無い。早速始めるとしよう」
「え、いや、その」
「構えろ。でなければ、死ぬぞ」
五回分は死んだお父様を適度に生き返らせ、わたくしとお爺様は森を後にしました。
「まさかお爺様まで入信なさるとは……」
「それだが、リファリスよ。我は今日から姿も名も変える」
はい?
「ここでお別れだ。縁があったらまた会おう」
「え、お爺様!?」
これが永きに渡る、お爺様とのお別れでした。
それから長い時を経て、聖女と呼ばれるようになったわたくしが、ルドルフ・フォン・ブルクハルト大司教猊下と対面し、腰を抜かしそうになる程に驚かされたのは……また別のお話です。
明日から新章です。




