みゅぅんな元獣王っ
ワタシは熊。少し前までは〝獣王〟だの〝腕の王〟だのと呼ばれていたけど、ご主人様であるリファリスお姉様から「ベアトリーチェ」という名前を頂戴し、今はそう名乗っている。
みゅぅぅぅん!
そのリファリスお姉様が、ワタシを庇って大怪我をされたのは昨日だった。犯人には見覚えがあった。中央山地でワタシを執念深く狙っていた猟師の孫だ。
みゅ、みゅぅぅぅん! みゅぅん!
「大丈夫ですわよ、ベアトリーチェ。わたくしは……不死身ですの」
心配するワタシに笑って見せると、その場で傷を治してしまったのです。
みゅ、みゅぅぅ……ん
信じられなかった。あの傷は、ワタシから見ても致命傷だった。山だったら、血の匂いを嗅ぎ付けた狼達に囲まれて、隙を突かれて食われてしまうだろう。なのにリファリスお姉様は、そんな自然の摂理を無視するかのように、一瞬で傷を治してしまった。
「ね。大丈夫でしょう?」
尊敬と敬愛。その二つで脳を支配されたワタシは。
「あらあら、甘えてきて。獣王と呼ばれていた貴女が形無しですわね…………ちょ、ちょっと、抱き着くのは可愛らしいですけど、力が強すぎますわよっ」
ああ、良かった、リファリスお姉様……! 心の底から、貴女にお仕えできて幸せだと思います……。
メキメキボキボキッ
「ちょ、折れてます折れてますっ! 千切れますわぁぁぁっ!」
グキィ
「あ痛々々々…………べ、ベアトリーチェが甘えてくる時は要注意ですわね……」
みゅぅぅ……ん
ごめんなさい……。
「大丈夫ですわ。言いましたでしょ、わたくしは不死身なのですから……痛ぅぅ」
そう言ってリファリスお姉様は、血塗れになった白い服を脱ぎ捨て、背中の傷痕に魔力を集中させ始めた。
みゅぅぅん?
「ああベアトリーチェ、心配ありませんわ。ただ、あの剣に塗られていた毒素が厄介でして……うぅぅ」
さっきまで涼しい顔をしていたのに……リファリスお姉様はああ言ってるけど、大丈夫なのだろうか。
「な、何なんですの、これは……わたくしが知らない毒素がまだあったのでしょうか」
みゅん?
お姉様の知らない毒素?
「ん……ああ、ベアトリーチェは本当にお利口さんですわね……。魔術で毒を浄化する場合は、その毒についての知識が必要なのです」
知識……。
「つまり、わたくしと言えども、未知の毒には手も足も出ないのです」
知識……か。
クンクンッ
みゅぅぅぅん!
「え……ベアトリーチェ?」
この毒、ワタシが知っている。中央山地によく咲いている、クマバミソウの根の毒だよ。
「え、な、何で知っているんですの!?」
みゅ、みゅみゅみゅうぅぅん!
この毒、よく猟師が熊狩りで使ってる。剣や矢尻に塗りたくるんだ。
「剣や矢尻に……」
体内に入るとすぐに神経に作用して、身体が動かせなくなる。その隙に止めを刺すんだよ。
「つ、つまり、足止め用の毒、ですの?」
うん。毒素もかなり早く分解されちゃうから、肉に毒が残っちゃう心配もないし。
「自然に分解できるのですね……ならば身体を活性化させれば……『我が身体よ、目覚めよ』」
リファリスお姉様は魔術によって身体の抵抗力が活性化し、毒素を一気に分解しているようだ。
「……っ……ぁぁ……し、痺れと痛みが……和らいできましたわ」
本当に? 良かったぁ。
「……一時間くらい……寝させて下さいませ。そうすれば、か、い、ふ、く、し、ま……す…………スーッ」
お姉様は意識を手放された。つまり、無防備。
みゅぅぅぅん!
ここは、ワタシが死守せねば! リファリスお姉様の眠りを妨げる者には、鉄槌を!
扉を閉めて、その前で仁王立ちを始めて三分くらいしたら、先程痛みつけた首だけ女が来た。
「あれ、ベアトリーチェ? 何でリファリスの部屋の前に?」
みゅぅぅぅん
こいつ……お姉様を無理矢理手込めにした……!
みゅん!
バグォ!
「ぐひゃああ!?」
敵は滅殺!
「何の音…………あれ、リブラ、何で壁に激突?」
ん、こいつは……キツネ女か。
みゅぅん!
「あれ、ベアトリーチェ…………ははぁん、リブラ、リファリスに何かした?」
みゅんみゅん!
その通り!
「あはは、だったらベアトリーチェに殴られても仕方無い。逆によくやった」
みゅぅぅん!
当然である!
「よしよし、誉めてあげよう、撫でてあげよう」
ワタシの頭にキツネ女の手が伸びてくる。
ガブゥ!
「いみゃあああああああああああっ!?」
ワタシの頭を撫でていいのは、リファリスお姉様のみ! キツネ女如きが、身の程を知れ!
「手がぁぁ! 腕がぁぁ!」
ふん、痛みに耐えられずに暴れているが、出血が促進されて余計に危険だよ。
「あ、あががが……」
「痛い痛い、血が、血がぁぁぁ!」
ふん、リファリスお姉様の眠りを妨げようとするからだ。
「……ふう、ようやく毒素が分解できましたわ」
この毒、覚えましたわ。これで次回からは浄化できます。
ガチャ
みゅぅぅぅん!
「あら、ベアトリーチェったら、ここを守っていてくれましたの?」
みゅんみゅんみゅん!
「うふふ、可愛いですわね…………ん?」
「……こひゅ~……こひゅ~……」
「あ、う、き、黄色いお花畑……」
何やら虫の息が聞こえましたので、振り返ってみると。
「……リブラ? リジー?」
壁にめり込んでいるリブラ、そして血の海に沈むリジー。二人共に明らかに致命傷です。
「どうしたんですの? まあ、どうせベアトリーチェに成敗されたのでしょうが」
みゅぅぅぅん!
誇らしげに吠えるベアトリーチェに笑みを向けながら、二人を治療するのでした。
みゅぅぅぅん!




