元獣王と現獣王っ
みゅぅぅぅん!
「お帰りなさい、ベアトリーチェ!」
みゅぅん、みゅぅぅぅん!
「どうでしたの、里帰りは?」
みゅみゅぅん、みゅぅぅぅん
「そうでしたの、それは良かったですわね」
みゅぅぅぅん
「あはは、くすぐったいですわ、あはは」
「……凄くほのぼのとした光景の筈なのに……」
「相手が熊なだけに、現実はほのぼのとはいかないな……」
あら? わたくしの周りから衛兵さんが全員居なくなってますわ。
「ま、まさか、その熊、中央山地の〝腕の王〟!?」
あら。あの新人衛兵さん、ベアトリーチェを知っていますのね。
みゅぅぅぅん
「た、たたた隊長! この熊は危険です! 今すぐに駆除しなくては!」
シャッ!
そう言って剣を抜きます。
「おい、待て。その熊は聖女様の……」
「たあああっ!」
「こら、待てと言っているだろ!」
みゅん?
「ベアトリーチェ、危ないですわ!」
「死ねええっ!」
ザクッ!
「……っ!?」
ポタ……ポタ……
「貴女は……何をなさってるんですの?」
ベアトリーチェに届く筈だった凶刃は、わたくしの背中に突き立っています。
「せ、聖女様あああっ!!」
「お、お前、何をしているんだ!?」
呆然としている新人衛兵さんはわたくしから引き剥がされ、背中から剣が抜けました。
ブシュウウ……
「こ、この出血では……」
「『癒えなさい』」
パアアア……
「「…………え?」」
即座に回復魔術を施し、傷口を塞ぎ、致命的になり得る程に減った血液を作り出します。
「……ふう。ベアトリーチェ、無事でしたか?」
みゅん
「そう。なら良かったですわ…………それにしても、せっかく新調した法衣に穴が空いてしまいましたわ」
「「き、気にするのはそこですか……」」
「え…………あら、血も付いてしまいましたわね。シミにならなければ良いのですが」
「「いや、そこでも無く……」」
「え……何かありまして?」
「「…………」」
隊長さん達の視線の先には、先程わたくしを刺した新人衛兵さんの姿が……ああ!
「この方のアフターフォローですわね!」
「「いや、それが必要なのは聖女様では?」」
あら?
「わたくし、もう傷は治ってますから、何も心配して頂く必要は無くってよ?」
「「いやいや、精神的に必要でしょ」」
そうでしょうか?
「痛くも痒くも無かったのですが」
「「ええええっ!?」」
……結局凶行に及んでしまった新人さんは、一時間近く放置される事となりました。
「ただいま戻りましたわ」
「お、お帰りなさい、リファリス」
……まだぎこちないですわね。
「あの事は水に流します、と何度も言っているでしょう」
「あ、ああ、うん、そうだね、そだね」
……リブラがそんな状態ですから、わたくしも思い出してしまうのです。
みゅぅん?
「あ、ベアトリーチェ、戻ってきたんだ」
みゅ……みゅ?
「え? わたくしからリブラの匂いを感じる? ああ、それは……」
みゅん?
「ええっと、その…………大人ないやんばかんと申しますか……」
みゅ……みゅぅぅぅん!?
「ほぼ、無理矢理」
みゅ……グガアアアア!!
「わ、待って! 頭、頭はかじらないで!」
グゴゥアアア!
「ごめんなさいごめんなさいもうしませんからぎいああああああああ!!」
あらあら、ベアトリーチェったら、里帰りして野生が目覚めたのかしら。
「うふふ、よしよし」
みゅぅぅん
「し、死んだよ。三回は死んだよ、私」
「生き返ったから良いではありませんか」
「熊に食い殺されるなんて、三回も経験したくないよ!」
「貴重な体験ですわよ……ああ、それよりも」
警備隊隊長さんから提供して頂いた資料を取り出し、リブラに手渡します。
「っ!!!?」
「……どうかしましたか?」
「リ、リファリス、今、どこから資料取り出した!?」
「どこからって……ここからですわよ?」
法衣の襟首を引っ張ります。
「それ、おっぱいだよね!?」
「まあ……胸の谷間からですが」
「何でそんなとこに挟んでるの!?」
「いえ、空間魔術ですが」
「……………………は?」
「わたくしの空間魔術は、身体の『谷間』が起点になるのです。ですから」
「あーそうね、常に谷間ができるのって、おっぱいが最有力だよね」
「あの、おっぱいおっぱい言わないで下さいまし。一応礼拝堂ですわよ」
「その礼拝堂で熊に血の惨劇させたのはリファリスでしょ」
うっ。そ、それはそうなのですが。
「それより、資料って?」
「あ、はい。赤月の資料です」
「紅月? リファリスの?」
「いえ、紅ではなく赤。わたくしの模倣犯ですわ」
「模倣犯って……そう言えば最近、頭かち割られて殺されてる事件が多発してたっけ」
「その犯人の資料ですわ」
「…………それを何で私に?」
何故か封筒に頬擦りしているリブラに、冷たい視線を送りながら。
「もうすぐリジーも復帰しますでしょ? 二人で調べてほしいんですの」
「……何を?」
リブラが聞き返してきた時、ちょうど夕日がわたくしの背後に重なり。
「それは勿論……わたくしの偽者さんの所在に決まってますわ」
「ひっ……しょ、所在?」
「そうですわ。その偽者さん、まるでなってないんですもの」
「なってないって……何が?」
黒く塗りつぶされたわたくしの顔に、久し振りに三つの紅い月が浮かびます。
「だあってええ……下手くそなんですもの」
「へ、下手くそ?」
「殴り方ですわ。角度も強さもまるで足りませんわ、あれでは」
「…………え?」
「頭蓋骨を粉砕して、中の脳漿を飛び散らせるのが醍醐味ですのよ? 上手くなるとパーーンって音が鳴るんですの、パーーンって」
「パ、パーーンって……」
「真っ赤な真っ赤な脳漿花火。偽者さんの身体に直接教えて差し上げたいんですわ…………あは、あはははは、あっははははははははははははっ!」




